最後の陸軍大臣 下村定 | Kiryu Rotaroと申す

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2019102508070000.jpg下村定

最後の陸軍大臣である。1945年(昭和20年)11月に幣原喜重郎内閣の下村定陸軍大臣が国会議事堂にて、お詫びと答弁した。斎藤隆夫から質問。
同席していた米内光政海軍大臣にも答弁が求められたが、米内は斎藤の質問には海軍大臣に答弁を求める事が議事録に無い事を理由に拒否した。

下村定陸軍大臣から答弁
「いわゆる軍国主義の発生につきましては、陸軍と致しましては、陸軍内の者が軍人としての正しきものの考え方を誤った事、特に指導の地位にあります者がやり方が悪かった事と、これが根本であると信じます。この事が内外のいろいろな情勢と、複雑な因果関係を生じまして、ある者は軍の力を背景とし、ある者は勢いに乗じまして、いわゆる独善的な、横暴な措置をとった者があると信じます。ことに許すべからざる事は、軍の不当なる政治干渉であります。かような事が重大な原因となりまして、今回のごとき悲痛な状態を、国家にもたらしました事は、何とも申し訳がありませぬ。私は陸軍の最後にあたりまして、議会を通じてこの点につき、全国民諸君に衷心からお詫びを申し上げます。
陸軍は解体を致します。
過去の罪責に対しまして私共は今後、事実をもってお詫び申し上げる事、事実をもって罪を償う事は出来ませぬ。まことに残念でありますが、どうか従来からの国民各位のご同情に訴えまして、この陸軍の過去における罪悪の為に、ただいま齋藤君の御質問にもありましたように、純忠なる軍人の功績を抹消し去らない事、ことに幾多戦没の英霊に対して、深きご同情を賜らん事をこの際切にお願い致します。」

案外罵声もなく野次もなく、中頃から終りにかけては満場から度々拍手が起こり、中にはハンカチを取り出して涙を拭う議員もいた。