人間が嫌いになったのはいつからだろう。人間を信用しなくなったのはいつからだろう。世間を斜めに見始めたのはいつからだろう。
昔から動物は好きだった。けど、特別人間が嫌いなわけではなかったし、もちろん嫌いな人間はいたが、それでも皆で仲良く遊ぶことは良いことだと思っていた。
中学二年の頃から、いじめを受けた。ほとんど学年全体からではあったが、メインはカースト上位系の男たちだった。とはいえ、それも結構くだらないもので、過ぎ去り際に陰口を叩かれたり、歩いていたら大勢からからかいを受ける程度のものだった。最初こそ辛くて泣きもしたし、精神が弱っている受験期などはひどく辛かった。けれども、普段は、顔も知らないどうでもいい奴らから陰口を叩かれたところで、そこまでダメージはなかった。それに、物理的なものや身体的なものはそこまでなかったから、酷くはなかった。もちろん、辛さはあったが、その辛さは陰口を叩かれていることではなく、それを見知った人に見られているということが辛かった。特に、自分と仲良くしてくれている人に、私はいじめを受けているのだと知られていることがひどく辛かった。そういうものを見て見ぬふりしてくれるのは、きっと良いことではあったのだけれど、私にとってそれは苦痛だった。気を遣われている。同情されている。そういうものが私は嫌いなようだった。
まぁ、それもなんとなく我慢して押し殺して抑圧して、早く卒業してしまおうと思っていたのだけども、ある日それが親にバレてしまった。親に言うつもりはなかった。面倒だったし、悲しませるだろうと思ったし、何よりここでも同情されたり、気を遣われたりするのが嫌だった。同情されたりするということは、下に見られるっていうことだ。だから、嫌なのかもしれない。プライドだけは絶妙に存在している、いじめを受ける程度の人間だというのに。
バレてしまってはもちろん、少なくとも父と母に知られるようになる。当時はそこまで考えていなかった。というより、何も考えていなかった。バレた後の方が、しんどいということを。いや、しんどくなるだろうとは理解していたけども、ここまでじわじわとあれから五年経った今になっても精神を蝕み続けるものだとは理解していなかった。
私がいじめを受けて、教師は何もせず(まぁ言わなかった私も悪いのだけども)解決しないまま卒業して一年が経たないうちに、テレビでいじめられた子が自殺するニュースが乱立した。その度に話題に上がるいじめ問題。うちではニュース番組を夕食時に見るので、家族全員がその場に居合わせるどころか、顔も合わせることになる。ああ、気まずいなぁとその度に気分が悪かった。そんな中で、言葉を発したのが父だ。私は正直、未だにこの言葉をあの場で言った神経を疑うのではあるが、あろうことかあの人間は「いじめはいじめを受けた方にも問題がある」と言いのけたのである。そういう意見が出るのも納得はできる。納得はできるけども、いじめを受けた人間の目の前で、それもその人間が実の娘であるというのに、それを言うだろうか。自分がかつて、変だおかしいと言われ続けていたせいで、こういう言葉はあまり使いたくはないのだが、思わず頭がおかしいのではないかと思った。
それはつまり、いじめを受けた私にも何かしらの問題があると言っているのと同義だ。辛くてしんどくて、最初の頃はそんなことは慣れないから夜に一人で泣いて、かと言って誰にも相談できず、ただ一人で押し殺して我慢して我慢して我慢し続けた人間の目の前で、いじめられたのはお前のせいだと言い放ったのだ。私は裏切られたような感覚に陥った。親はいつも自分の味方だと思っていた。少なくとも、自分がつらいときはつらかったねと言って慰めてくれるものだと思っていた。けれども、違った。慰めるどころか、私は責められたのだ。「いじめを受けたのは、お前のせいだ」とそう面と向かって言われたのだ。この時から、私の父に対する信頼はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。少なくとも、私の信じていた父親という像は消えた。
父とは今でも話をする。特別嫌悪するような振舞いはしない。けれども、あれから五年経った今でも言うのだ、何も変わらない風に、いじめはいじめを受けた方にも責任がある、と。加えて、自分ならいじめを受けたらいじめた奴を背後から金属バットで殴ってでもやめさせる、そうすればいじめなんかすぐ収まる、自分はいじめを受ける人間の気持ちはわからないとよく言われる、自分はいつもカースト上位の人間だった、とそれはそれは誇らしげに、自慢げに、笑いながら言うのだ。娘がいじめを受けたということをダシに使って、自分の優位性を示そうとするのだ。その度に私は反論したい気持ちと泣きそうになるのをぐっとこらえて相槌を打つ。それしか、できなかった。
そして、さらに、この過去を知っておきながら、お前はもっと人と関われ、人と関わってもっと社会の恐ろしさを知れ、ネガティブさを捨てろ、といつも言うのだ。昔は自分ももう少しポジティブな人間だったような気もする。クラスでハブられている人がいたら手を差し伸べていたし、そのせいで自分がグループからハブられるとか、そういうことは何も考えていなかった。馬鹿で色々と知らなかった。とにかく、皆で仲良くできればいいと思っていた。
けれども、少なくとも、いじめられてからは変わった。結局、人間は自己中心的なものなのだと知った。私が犠牲になったところで、意味などないし、私に利益は生まれない。私は自分のために生きるべきで、全て自分のことを最優先に考えるべきなのだと理解した。いじめられてから、人間の汚さをたくさん知った。社会の恐ろしさには到底及ばないかもしれない、けども、少なくとも、知らなくてもいいくらい人間の汚さは身をもって知った。もう馬鹿みたいに人助けをして、人を信じて、世界は良いものだと思い込むことはできないくらいには。
昔はヒーローに憧れていた。女の子向けの子どもアニメより、戦隊ヒーローや仮面ライダーが好きだった。格好良くて、輝いていて、いつも世界を救っている。憧れだった。けど、そのせいで、よく両親からお前はおかしい、変だ、と言われた。母はきっと私が近所の同世代の子たちとそういう部分でズレていたことがどうも嫌だったのだろうと思う。だから、前もって、ネタでも披露するように、私のことをおかしな子だと、変な子だと紹介した。見世物小屋にでもいるような気分だった。
何で皆に合わせなければいけないのだろう、と思いながらも小学生からは皆と同じに固執し始めた。何もかも、全てが皆と同じでなくては嫌だった。
小学校低学年の頃、算数セットが上級生の子からの貰い物で皆と違っていた。皆は私のところにやってきて、それに対して物珍しく観察して、そして口々に「皆と違うね」と言うのだった。それがひどく怖くて、嫌で、泣いた。おそらくこの頃から、目立つことも怖くなった。常に平均でいたかった。平均にはなれなくとも、目立たずひっそりと、空気のような、そういう人間でいることを望んだ。それはきっと言うまでもなく、幼少時の母親の言葉や行動が原因だった。
性格は子どもの頃の環境に起因するのだということは、もはや周知の話だとは思う。だから、父から見て私がネガティブで弱くて人間嫌いな人間だというのなら、私がこんな人間になったのも環境が大きく影響しているのだと思う。そして、その環境には家族である父も多くかかわっている。だからこそ、私がそういう人間になったのは、父のせいでもあるのだ。そういう考えに至らない辺り、父もまた傲慢で自己中心的で、汚い人間の象徴のような存在だと思う。
中学の頃、そして高校一年の頃、世界が濁って見えた。汚泥にでも浸かっているような気分だった。汚物を被った物体が、世界を闊歩しているように見えた。そんな汚泥の世界から私に光を照らしてくれたのは、漫画やアニメの世界だった。小学校高学年の頃からそういうものは好きだった。好きだったが、それだけだった。けども、心が辛くなって拠り所がなくなったとき、救ってくれたのは漫画やアニメだった。その時から、私にとって漫画やアニメという存在は世界のすべてであり、私が生きる理由でもある。
フィクションの世界では兄弟とか、双子だとか、そういうもので片方が優れている場合、大抵もう片方は劣っている。私は二人姉妹だ。私が姉。だから、そういう風に考えるなら、きっと私は劣っている方で、妹が優れている方だ。それは中学の時から理解していた。妹とは生きている世界が違っていた。妹はクラスの中心で、私はクラスの隅の人間だ。それは徐々に両親も理解し始めたし、私も理解した。だからこそ、あらゆることで両親からよく比較され、その度にまた夜中に一人で泣いた。最近はそこまで気にもしないし、当然のように受け入れてはいるが、昔はその度に、ああ私はいらない子なのだと何よりも理解できて、それが理解できたからこそ余計泣いた。どうしようもならなかった。妹は私よりも賢かったし、かわいかったし、社交性があって、運動もできたし、なにより「変」じゃなかった。妹は、あっさりと大抵のことは普通にできてしまうタイプだ、そしてできないことはきちんと努力できる人間だった。私にはそれができなかった。大抵のことは普通にはできなかったし、かといって最後まで努力をするような人間ではなかった。だから、徐々にこの評価が当然だなあと思うようになった。今は、両親から妹と比較されるような言葉を言われても、そこまで気にはしない。母方の祖母から、妹と比べてあの子(私)はダメだ、と陰口を叩かれているのをうっかり聞いてしまったときは凹みもしたが、まぁ慣れていたから泣きはしなかった。ただ、きっと妹よりも祖母の長々とした人生話を真剣に聞き、そのひとつひとつの返答にしても祖母を大事にしていた自覚があっただけに、そういう言葉は堪えた。やはり、人間はこういうものかと、私はいつも報われないのだなあ、となんとなく思った。
世界はいつも私に優しくないが、結局、私が世界に優しくしないからそうなのだろうか。最近では、「鶏が先か、卵が先か」のような問題なのかなあとも思う。
