最近ミーハーが嫌いという批判をよく聞く。
しかし、なぜミーハーが悪いのかの説明を詳しくできる人を見たことはない。
だからどうも腑に落ちないというか納得がいかないのだ。
実はこういう私も生粋のミーハーである。
ズバリ座右の銘は、流行り物にはとりあえず乗る。
グローバルで流動的、かつ主体的な判断が必要になってきた昨今
様々なことを知る、という意味では非常にいいこと、時代に合ったことではないだろうか。
終身雇用、年功序列が崩壊し能力給の時代がきた。
それは一つのことをやっているだけでは安定は手にできないということだ。
多方面の意味でミーハーとは悪い意味ではないように思える。
アーティストのファンとういう面ではどうだろうか。
確かに長い間お金をかけてきたファンからすれば
少しの投資しかかけていないファンと同列に扱われるのは少し癪かもしれない。
しかし、それも日本社会の年功序列のような、時間の長さで物事を測る悪い部分ではないか。
宗教改革以前の中世ヨーロッパでは聖職者が絶大な権力を有していた。
免罪符で莫大なお金を儲け、禁止されていた妻帯もしていた。
農民より長く信仰し、お金をかければより神に近いのだろうか。
ミーハーより長く応援し、お金をかければよりアーティストに近いのだろうか。
その後、科学の発展と宗教改革により聖職者の地位は落ちていった。
権威主義者が凋落し平等が訪れるのは繰り返す人間文化だ。
人間は猿だ。
ブランド物の所持、顔の美醜、子供の優劣、彼氏彼女の美醜や優劣という細かなことを競い合う
ほんの少し複雑な猿だ。
1mmでも上に立とうとする気持ちはわかるが、
みな一人残らず同じなのだ。
