「え…!?キュララを…!?」
20分が経過し、控え室にいた受験者たちが会場に戻っていく中、絵梨花の“相棒”が驚きで声を上げた。
そのため、奏江は彼女たちに視線を向ければ、
「でも、そうね!そのやりとりがあれば、うんと“仲直り”のアピールになるわ!!」
「でしょう?おまけにキュララを使うことでメーカーサイドの好感度もかなり上がるのよ。」
「すごぉい!!高園寺さん!!いきなり居なくなったと思ったら、そんなネタを考えてくれたのね!」
「まぁね。こういうのはじっと考えても、いいネタは思いつかないのよ。」
「…あ、でも…もしかしたら同じネタを考えてる人がいるかも…。」
「はんっ。そんなの関係ないわ!勝負の世界じゃねぇ…。」
クスっと笑って、絵梨花が目をこちらに向けるため、
「…!?」
奏江はムッと眉間にシワをよせ、
「なんだって、やった者勝ちなのよ。」
絵梨花の言葉がえらく耳に残った…。
こうして第二課題は始まったのだが、向こうのほうでキョーコが悶えているので、
(…何を1人で悶えているのかしら…第一課題の時もぼんやりして心ここにあらずな顔をしていたのに…ちょっと待って…もしかして、あの子まだ課題の内容何も考えてないとか言わないわよね…?)
すでに不安だったと奏江は余計に不安になり、
(ちょっと頼むわよ!?あんたから何かアクション起こしてくれなきゃ、応えようがないんだから!“何も思いつかなかった”でリタイヤなんてマヌケな真似は絶対に嫌よ!?)
顔を真っ青した彼女は何でもいいから思いつけと念を送り始める。
それに気づいたのか、キョーコは悶えていたのを止めて、ヘラヘラと笑い始めた。
しかしだ。絵梨花たちの番になり、黒崎たちの前に立つと、
「すみませんが、始める前にキュララをお借りしたいのですが。」
絵梨花の言葉にキョーコの笑顔は消えてしまう。
「じゃ、お願いします。」
「では始めます。よーい、スタート!」
キュララを拝借した絵梨花たちは、今井が合図を出すと、絵梨花の“相棒”がアカペラで歌いだし、そこに絵梨花が踊り込んできて、彼女のまわりをお得意のクラッシックバレエで踊る。
一周したところで“相棒”がペットボトルのキュララを開けて、一口飲むと、
「…ねぇ、飲む…?」
それを絵梨花に差し出す。
「…いいの?」
確認するように絵梨花は聞き返すと“相棒”は微笑んだため、絵梨花はキュララを受け取って、
「ありがとう…。」
ペットボトルに口をつけた。
「…なるほど。自分が口につけたものを他人に飲ませるなんて気を許してないとできない行為だよな。勧められるほうも。つまり、お互いにもう許し合ってるってハッキリしたわけだ。」
なかなかやるじゃないかと黒崎は絵梨花たちを誉める。
(…うまくキュララを利用したわね…これは思いのほか良い出来よ。これを越えるものを出せるの…?あの子…。)
思いのほか絵梨花たちの良い出来だったため、奏江は焦りを感じた。
「えーと、それでは次お願いします。3Aと3Bの人~。」
「は…はい…っ。」
黒崎たちの前に出て、奏江は横に立ったキョーコをチラッとみるとギョッとする。
そこには絶望の顔をしたキョーコがいたからだ。まるで動く屍のように…。
(な…なに…!?ちょっと、なんて顔してるのよ!?あんたさっきまではヘラヘラしてたのに…!!一体なんなの!?)
確かにさっきまでは笑っていたと言うのに何故こんな表情をしているのか奏江にはサッパリ分からない。
「ねぇ…あんた、どうしたの…?」
「…お、同じなの…。」
「え…?」
「さっきの…キュララを回して飲むネタ…私が考えたネタと同じなの…。」
「な…なんですって…?ちょ、ちょっと待ってよ…!」
奏江は焦った。キョーコも焦っているから、こんな表情しているのだろう。
(冗談でしょ…!?例えそれが偶然の一致でも、あんな、あの子たちのすぐ後じゃ、インパクトが弱いどころか、こっちがパクってるように見えるんじゃ…。)
そこまで考えて奏江はハッとする。絵梨花たちのやりとりを思い出したからだ。
(ま、まさか…!!)
確か、絵梨花は突然いなくなったらしい。その絵梨花がいた場所がこの会場だったら…?
(ぱ、パクられた…!?)
きっとその可能性は高いだろう。
(ど…どうするのよ!!パクられたなんて訴えたって言い訳にもならないわよ!?証拠がないんだから!!)
しかし可能性が高いと言っても証拠などない。
(ここで新しいのを考えないと私たち…!!)
リタイヤになってしまうと思った矢先、
「…どうした君たち?」
「え!?」
「何やるか決まってないのか?」
「あ…いえ…あの…!」
「決まってないなら、気の毒だが…。」
黒崎からリタイヤの言い渡されそうだったため、奏江は顔を真っ青にするが、
「…やります。」
キョーコがそう呟いたので、
「…え?やる…?」
奏江は戸惑うしかない。
「今すぐやりますから…キュララをお借りできますか…?」
拝借を願い出るキョーコだが、その目つきがとても悪い。
「…おお…別にいいが…。」
その悪さに黒崎は戸惑い、
「そ…それなら予備がこちらに…ちょっと待っててください…。」
今井は少し顔を青くしてキュララの予備がある部屋のほうにいき、キョーコはその後についていくので、
「…あ。ねぇ…!ちょっと…!」
彼女を呼び止めようと奏江は声をかけたが、キョーコは無視して行ってしまう。
(キュララを借りるって…あの子まさかやるつもりなの…!?同じものを…!!)
そんなまさかと信じがたいが、キュララを借りると言うのはそう言うことではないだろうか。
「…お待たせしました。」
そしてキョーコはキュララを手に戻ってきたのだが、
「モー子さん、これ。」
「え?」
彼女の手にはペットボトルのキュララと缶のキュララがあり、奏江にはペットボトルのほうを渡す。
(わ、私も…!?一本を回して飲むんじゃないの!?全然わかんない…!!これで私になにをしろって言うのよ!!)
キョーコが何を考えているのかサッパリだった。
「モー子さん。」
混乱していたら、彼女が呼ばれ、
「私に合わせて。」
「…!」
にこっと笑ってそう言われた途端、胸の中で駆け巡る感情を感じ、
(あ…また、この感じ…。)
奏江は口元に笑みを作る。
「それでは始めます。」
今井がよーいと口にするとキョーコが奏江に背を向けたので、
(え…?もしかして私から何か仕掛けるの…!?いえ…でも、アクションを起こすのはB子からって…。)
戸惑っていたら、今井のスタート!と言う言葉と共に同時にキョーコが振り返って、
「う…!?」
何かを噴きかけられたため、とっさに奏江は目を閉じ、ギョッとその場の全員が驚く。
ポタポタと雫が落ちる音に、奏江はとっさに閉じた目をあけて、キョーコのほうを見ると、彼女は缶の口を自分に向けているため、噴きかけられたものがキュララだと理解するが、
「…仕返し…。」
キョーコが手の甲で奏江が殴った頬をペタペタ触りながら、冷たく氷のような表情をするので、
(な…なんて顔するの…この子…。)
確か彼女は芝居をしたことがない人間のはずだ。それなのにこんな表情ができることに驚き、何故かショックを受ける。
「…なんてね?」
しかし冷たい表情は一転し、キョーコは悪戯が成功したような子供の表情をするので奏江は目をパチリとさせ、
「もしかして本気にした…?」
くすくすと笑うキョーコに“私に合わせて”と言う彼女の言葉を思い出し、きゅっとペットボトルを握り直すと、スイッチを入れたように目を細めて、
「騙したのね…!?」
腰に手を当てるとキョーコはべーと舌を出す。
「こ…の!」
仕返しをしようとペットボトルの蓋を奏江は開けると、
「あ!?」
ペットボトルの中身が缶のようにはならず、
「ぇあ!?ひ!?やぁああああ!!なになになに!?」
中身がボタボタと大量に流れて、奏江の手と床を濡らしていき、本気でうろたえる彼女。
「ぶっ…!」
するとキョーコが吹いたため、ペットボトルから奏江は視線を彼女に向けると、キョーコが必死に笑いをこらえる姿が目に入り、
「…ぷっ…!」
気づけばキョーコと一緒になって笑っていた。
彼女たちの笑い声に絵梨花を除いて、その場の人間が釣られ笑いをする。
「…もしかして…許して、くれるの…?」
笑いが収まり、奏江は尋ねれば、キョーコは微笑んで缶を彼女に向けたので、
「…?」
不思議そうに首を傾げそうになると、キョーコが人差し指と中指で招くように動かすため、奏江は何となくペットボトルを同じように彼女に向けたら、缶とペットボトルがコンとぶつかる。乾杯するかのように。
キョーコはウインクして缶に口をつけ、奏江は安堵したように微笑む。
「ありがとう…。」
そしてペットボトルを両手で握りしめ、お礼を言った。
そこで60秒が過ぎ課題が終了する。
キョーコは課題が終わり、ホっとしたような表情を浮かべ、奏江もホっとしたように微笑む。
(…ど…どう言うつもり…!?最後を私と同じ台詞でしめるなんて…!!これじゃあ、まるで…!!)
だが、一方で絵梨花は身体全身を震わせていた。
「…なんだか、ちょっと気の毒ね…高園寺さんたち…。」
「…!?」
そこに追い討ちをかけるようにひとりの受験者が絵梨花たちに同情する。
「高園寺さんたちの“ありがとう”も良かったんだけどね…あの人たちの“ありがとう”のほうが気持ちが凄く伝わってきたわ。失いたくない親友に許してもらえた安堵の気持ち…高園寺さんとは何だか“ありがとう”の言葉がもつ深みと重みが全然違くて…。」
その言葉が絵梨花を立ち尽くさせ、
「これってさ…やっぱり…。」
ぶちまけたキュララを掃除中の奏江を見ていたら、
「…!!」
勝ち誇ったようにニッと彼女は笑みを浮かべ、衝撃をうけた。
「演技力の違い…?」
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あとがき
と言うことで、今回は長くなりました…。
しかしモー子さんは本当に芝居がうまいみたいで笑ってしまうシーンは本気で演技なのかそうじゃないのか判断がつきませんでした…。
ローズ