交渉が成立した、その翌日のこと。
「でも、知らなかったです。社さん、そんな風に見えなかったので…お母さん、大丈夫なんですか?」
キョーコはLME事務所を訪れていた。目の前には社、横に蓮がいて、
「あ、あはは…だ、大丈夫だよ?手術すれば治る病気だから。」
社は頬をひきつらせた。当然である。彼の母親は病気などなっておらず、ピンピンしているのだから。
「と、とりあえず、仕事の基本的なことは教えたけど、何か質問ある?」
「いえ、大丈夫です。」
「ごめんね?俺のせいで迷惑かけて。」
「いえ、大丈夫です。お休みを貰いってお願いしたら、バイト先の店長さんたちも、だるまやの大将と女将さんも、休んだほうがいいって笑顔で言ってくれたので。」
ようは働きすぎなのだと、ちょっと叱られたくらい、キョーコは心配をかけていたようだ。
「そういえば、蓮。」
「なんですか?」
「あの件については大丈夫か?」
「…大丈夫ですよ。社長からの“お願い”なので。」
にっこりと笑う蓮に社は再び、頬をひきつらせ、
「…?」
キョーコは何の話だろうと首を傾げる。
するとだ。タッタッと小さな足音がしたと思えば、
「蓮さま~~!!」
小さな女の子が蓮に向かって駆け寄ってきた。
「…!マリアちゃん。」
「蓮さま~!だっこだっこ!!」
ふわふわしたウェーブの栗色の髪、フリルをたくさんしようしたワンピースをきた女の子は蓮にだっこしてもらうと満足そうな顔をし、
「こんにちは、マリアちゃん。」
「こんにちは。」
社に挨拶され、ちゃんと挨拶をかえす。
(かわいい~。)
天使みたいな女の子がそこにいて、キョーコは素直にそう思う、女の子と目が合い、
「…蓮さま、この方は?」
「うん?ああ…。」
「はじめまして。私は最上キョーコって言うの。あなたは何てお名前?」
笑顔でキョーコは自己紹介したのだが、
「…ふーん。」
何故か冷たい目で見られた。初対面だと言うのに。
(い、一体なぜ…?)
ハテナが頭の中に浮かびやがり、キョーコは首を傾げる。
「それより、蓮さま。今度うちに…。」
しかも名前を聞いたのに、答えることなく女の子は蓮に視線を戻す。
(む、無視された…。)
ガーンと落ち込むキョーコだが、ハっと時計を見ると、
「すみません、そろそろバイトが…。」
「あ、そうなんだ。頑張ってね?キョーコ。」
「はい、ありがとうございます。社さん。敦賀さんもお仕事頑張ってください。」
「うん。」
都合でシフトを変えてもらったキョーコは三時からバイトであり、いつの間にか時間がすぎていた為、急いで事務所から出る。
キョーコは知らない。蓮が自分を愛しむような眼差しで見送っていて、それをみた女の子…マリアが自分を睨みつけていることなど知るはずもないのだった…。