奏江と千織はポカーンとしている。

「…って事なの。」

ハリウッドデビューすることをキョーコが二人に伝えたからだ。

「す…凄い京子さんっ。私、応援します!!」

感激したように興奮した千織は椅子から立ち上がってキョーコの手を握り、

「ありがとう、天宮さん。」

握られたキョーコは苦笑いでお礼を言う。

一方、奏江は複雑そうな顔をしていたが、苦笑いを浮かべて

「…頑張りなさいよ、応援してるから。」
「モー子さん…うん、ありがとうっ。」

応援してくれたので、キョーコは笑顔でお礼を返す。

「ところで京子さん。」
「はい、何でしょうか?」
「それって何ていうドラマで、どんな役なんですか?」
「あ~。ごめんなさい。このお仕事での私の名前はシークレットになるらしくって…だからドラマも役も教えられないんです。」

千織に内容を聞かれ、困ったようにキョーコは頭をかく。

「シークレット?どうしてシークレットにするのよ。」

名前が出なきゃ意味がないじゃないと奏江は言うが、

「それはアレよ。私みたいのに叩かれないためよ。」

キョーコが答える暇もなく千織がそう言って、

「新人のタレントくせに、タレントならタレントらしくバラエティーだけ出ていれば良いものを…ハリウッドデビューですって…!?許さない…!!」

黒い顔で自分を熱演する彼女にキョーコは顔が青くなるが、

「…みたいな?あ、京子さん。私はもうそんな事思ってないですよ?“京子さんだけは”」

語尾でクっと禍々しく笑う千織に世の中の売れている新人さんに同情した…。



「…え?松島主任、今なんていいました…?」

社は固まっていた。

「だから、蓮がハリウッドで俳優業をやるって言ったら、お前は蓮の担当は外されることになる。蓮もあっちのLME事務所に籍を移すことになるだろうしな。」

アメリカにはもう一つLME事務所がある。できたのはここ数年前だが…。

「お、俺も移るとかないんですか!?そっちに!!」

社は蓮をずっと支えるつもりだった。だと言うのに、まさかこんな現実が待っていようとは思わなかったのである。

「…できるとは思う。社長に必死に頼むならな。」
「ならそうします!!」
「だが、社。お前、長男だろ?」
「…!そ、そうですけど…。」
「あっちに行ったらなかなか帰ってこれないぞ。それでもいいのか…?」

松島の言葉は社に重く響いた…。

気づけば、実家に帰ってきており、子猫のシロと猫じゃらしを使って遊んでいる。

「どうしたの、あんた。ボーとして。」

そう声をかけるのは社の母。そして28の息子がいると言うのに、この母は若々しく、美人だ。

「…母さん、俺どうしたらいいかな…?」
「何か迷ってるの?」
「迷ってる…うん、迷ってるんだと思う。」
「そう…なら、突き進めばいいじゃないの。」

母はそう言って、用意した紅茶を飲む。

「え…?」
「少なくとも私はあんたをヘタレに育てた覚えはないんだけど?」
「母さん…。」
「何心配してるかは知らないけど、先の分からないことをうじうじ考えることは止めなさい。ほら、返事は?」
「…うんっ。」
「よろしい。」

にこっと母は笑うと、再び紅茶を飲んだ。

(ありがとう、母さん。俺、親不孝ものになるかもしれないけど、アイツのこと支えてやりたいんだ…。)

息子が決意を固めて、心の中で礼を言っていることなど知らずに…。