ファースト・ラブ
ー無償に与えられる愛を君へ・・・ー
あれは奏江が二次審査を困難なくクリアした、その後の事、俳優部門希望者のみに与えられた課題があった。
それは『家族愛』をテーマにした台本であり、その内容を読んだ上で、それをどう演じたいかを応答するものだったのだが、
他の受験者が感想を必死に審査員にぶつけてくる中、奏江が述べた感想は
『彼女は不幸だと思います。おそらく、これからも「家族の幸せ」に縛られ、彼女自身の幸せについて考えることもないでしょう。しかも、こういう家庭は同じことをなんども繰り返す気がします。一言で言わせていただくとこの主人公はバ・・・』
何とも、わずらわそうな顔で述べ、バカだといいそうになったところで我に返ったらしく、わざとらしいせきをし、
『不毛ですね。』
言い方を綺麗にしたものの、そんな言葉にローリィは哀顔になり、
(と・・・とても他人ごとだと思えないわ・・・)
話しをきいたキョーコは、自分も冷静にならなければ、携帯を床に打ち付けていたため、とても他人ごとには思えなかった。
(でも・・・仮にもオーディション審査の場で本音を止められないほど、家庭にトラウマでもあるのかしら・・・この人・・・。)
トラウマなら、自分にもあるが、本音が止められないほどのトラウマとは何なんだろう、とキョーコは思った。
「で・・・おまけにあの一次審査のリアクションテストも『女優として演技したまでだ。』って、1%も彼女の気持ちが入ってないことが分かってね。」
キョーコがそう思ってる中、松島の話しはまだ続いており、
「しかし・・・まあ、彼女の才能はかなり捨てがたいからね・・・。ラブミー部で心のほうを育てていこうって事になった次第だ。」
ようやく話し終わた。すべてを聞いたキョーコは
(信じられない・・・私だけじゃ、なかったんだ・・・。)
手と膝を床について落ち込んでる、奏江の肩にそっと触れて、
「大丈夫・・・ラブミー部って、名前こそ恥ずかしいけれど、それさえ我慢すれば条件はそう悪くないところよ。」
そう言葉をかけるが、奏江は彼女を睨み、
「あなたに何が分かるのよ!!」
他人ごとだと思って!!と言い放ったが、目の前には笑顔のキョーコがいて
「ラブミー部はイイトコロヨ。楽しいワヨ。業界での人間関係も広がって、絶対にお得ヨ。」
おしまくるので、奏江は眉間に軽く皺よせながら、
「あなた・・・何故そんなにラブミー部をおしまくるの・・・。」
聞いたが、キョーコの笑顔の正体が、相手をゆるめ丸み込む決して揺るがない営業スマイルなので、それに気付いた彼女は
「わ、私やっぱり養成所へ入って一からやり直・・・」
立ち上がったが、足元にキョーコがへばりつく。
「ちょ、ちょっと!!離してよ!!『ラブミー部』って名前だけでも引くのに、あんたみたいな所帯臭い人と同じレベルで同じ部に
所属するなんてまっぴらだわ!!私は、私に似合う華やかなスターへのハイウェイに乗るのよ!!離してったらぁーー!!」
ずるずるとキョーコを引きずるような形になったが、
「嫌よ・・・。」
その瞬間、肩が動かなくなり、次には体全体が動かなくなって
(な・・・なに!?か、金縛り・・・!?)
奏江がそう思った途端、キョーコの手の甲が頬に触れて、
「ダメ・・・逃がさないわ・・・。」
今度は完全にキョーコの手が奏江の両頬が包んだ。
「あなたも着るのよ・・・私と一緒に、あの、ラブミーユニフォーム・・・。」
〔追いかけちゃうから~〕
〔かぎつけちゃうから~〕
〔どこに逃げてもぜったい~〕
〔つかまえちゃうから~〕
奇妙な笑いを浮かべ、キョーコが言う側で、怨念キョーコ数匹が奏江巻きついている。どうやら、これが金縛りの正体。
「ひ・・・ひいやぁあああああ!!」
そのまま、ラブミー部の部屋に入れたれてしまった奏江は、
「な、何よーー!!このドピンクツナギ・・・!!こんなの着て人前に出れるわけないでしょーー!?あ、いやーー!!勝手に着させないでよーー!!」
なすすべも無くラブミーユニフォームを着せられてしまい、
「まーまー。よくみると左胸にはおしゃれに背中にはゴージャスにラブミープリントが施された可愛いユニフォームでしょ?」
「その顔!あなたこそ、本気で可愛いって思ってないーー!!」
キョーコが椹と同じく心にも思ってなさそうな顔で言うのでつっこんだが、
「やめて~~~~!!」
社内に奏江が響くだけで、誰もそれを止めようはしなかったのである。
奏江がキョーコに無理やりユニフォームを着せられた、その数時間後の東京のLMEプロダクション養成所での事、
そこの生徒がざわざわと騒いでいて、床には割れて水と花が散らばった花瓶があり、
おそらく、それで怪我をしたであろう女の子が、女性の先生に膝を手当てしてもらっている。
「申し訳ございません・・・私達だけで、なんとかできたらと思っていたのですが・・・被害が生徒に及びはじめていたので・・・。」
ここの責任者であろう、四十代くらいの女性が誰かに頭を下げて謝る。
「いや・・・。」
彼女が謝っていたのは、LMEの社長であるローリィで、
「報告してくれてありがとう。」
そう礼を言い、悲惨に荒らされた稽古場を見て、ため息をついた。
「それで・・・君たちの稽古を邪魔した、張本人はどこに?」
「それがどこにも・・・。」
ローリィに聞かれ、さっきほどの女性は首を振る。
「やれやれ・・・困ったな・・・」
(毎日のように事務所の方へ来ていたのが、なぜこっちに通い先を変えたのか気になっていたが・・・これは何かあるな・・・?)
犯人が見当たらないと聞き、ローリィは何か原因があると考えずにはいられなかった・・・。