『貧となり富となる。
偶然にあらず、富も因て来る処あり、貧も因て来る処あり。
人皆貨財は富者の処に集まると思へども然らず。
節約なる処と勉強する所に集まるなり』
~二宮尊徳~
昨日に続き、二宮尊徳つながりで。
資本の論理って、富が強者に集まる錯覚を起こすけれど、
そうではなくて“節約”と“勉強”が富を呼ぶと言うことなんですね。
節約と勉強とは、
是即ち、
『工夫』なんでしょうね。
本質に基づく『工夫』なんでしょうね。