川端茅舎(1897〜1941)百句(西村麒麟選)

『川端茅舎句集』
夜店はや露の西国立志偏
露散るや提灯の字のこんばんは
白露に阿吽の旭さしにけり
白露に金銀の蠅とびにけり
白露をはじきとばせる小指かな
白露に鏡のごとき御空(みそら)かな
金剛の露ひとつぶや石の上
露の玉蟻たぢたぢとなりにけり
露の玉ころがり土竜ひつこんだり
新涼や白きてのひらあしのうら
秋風や薄情にしてホ句つくる
森を出て花嫁来るよ月の道
蚯蚓鳴く六波羅密寺しんのやみ
行楽の眼に柿丸し赤や黄や
亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄
耳塚の前ひろびろと師走かな
しぐるるや僧も嗜む実母散
しぐるるや目鼻もわかず火吹竹
しんしんと雪降る空に鳶の笛
一枚の餅のごとくに雪残る
雪の上どつさり雪の落ちにけり
寒月や穴の如くに黒き犬
たらたらと日が真赤ぞよ大根引
大根馬かなしき前歯見せにけり
暖かや飴の中から桃太郎
春の夜の秋より長し草の庵
骨壺をいだいて春の天が下
眉描いて来し白犬や仏生会
草摘に光り輝く運河かな
漣の中に動かず蛙の目
蛙の目越えて漣又さざなみ
こまごまと白き歯並や桜鯛
桜鯛かなしき眼玉くはれけり
蜂の尻ふわふわと針をさめけり
泣き虫の父に眩しや蝶の空
月涼し蝶も四条へ小買物
金銀の光涼しき薬かな
金輪際わりこむ婆や閻魔堂
閻王や蒟蒻そなふ山のごと
大どぶにうつる閻魔の夜店の灯
定斎売畜生犬の舌垂るる
蟻地獄見て光陰をすごしけり
若竹や鞭の如くに五六本
散牡丹ぼうたんの葉に草の葉に
真白な風に玉解く芭蕉かな
伽羅蕗の滅法辛き御寺かな
もてなすに金平糖や麦の秋
『華厳』
尾を引いて芋の露飛ぶ虚空かな
露の玉走りて残す小粒かな
露の玉をどりて露を飛越えぬ
ひらひらと月光降りぬ貝割菜
寒月の砕けんばかり照しけり
土不ゆたかに涅槃し給へり
水馬弁天堂は荒れにけり
法師蟬しみじみ耳のうしろかな
鶯や夏ゆふぐれの光陰に
寒雀もんどり打つて飛びにけり
朴落葉光琳笹を打ちにけり
雪の上ぽつたり来たり鶯が
月見草梟の森すぐそこに
虫干や襟より父の爪楊枝
月光に深雪の創のかくれなし
月天へ雪一すぢや松の幹
雪の原犬沈没し踊り出づ
青蛙ぱつちり金の瞼かな
ぜんまいののの字ばかりの寂光土
水馬(みずすまし)青天井をりんりんと
紫の立子帰れば笹子啼く
びびびびと氷張り居り月は春
ギヤマンの如く豪華に陽炎へる
二三言涼しき老師旅立ちぬ
月の寺鮑の貝を御本尊
芋の露直径二寸あぶなしや
寒月の岩は海より青かりき
乳母車降りて転びぬ暖かき
春の土に落とせしせんべ母は食べ
『白痴』
よよよよと月の光は机下に来ぬ
夕空の土星に秋刀魚焼く匂ひ
畑大根皆肩出して月浴びぬ
寒林を咳へうへうとかけめぐる
咳き込めば我火の玉のごとくなり
咳止めば我ぬけがらのごとくなり
大露の露の響ける中に立つ
兜虫み空を兜捧げ飛び
月の夜のきずかくれなし露の空
また微熱つくつく法師もう黙れ
好きといふ露のトマトをもてなされ
秋風に我が肺は篳篥(ひちりき)の如く
咳かすかかすか喀血とくとくと
冬晴をすひたきかなや精一杯
約束の寒の土筆を煮て下さい
買得たり鶯団子一人前
『白痴』以後
花杏子受胎告知の翅音びび
緑蔭に黒猫の目のかつと金
燎原の火か筑紫野の菜殻火か
鉦叩また絶壁を落ちし夢を
良寛の手鞠の如く鶲来し
咳止んでわれ洞然とありにけり
朴散華即ちしれぬ行方かな
石枕してわれ蟬か泣き時雨