宇佐美魚目(1926〜2018)百句(西村麒麟選)

『崖』

空蟬をのせて銀扇くもりけり
箱眼鏡みどりの中を鮎流れ
落鮎も下弦の月をかぎりとか
目に見えぬ糸をすすむや瀧の蜘蛛
滴りの巖の夜空の如く濡れ
削氷(けずりひ)やふと恐ろしき父の齢
子鰈をとりし記憶の避暑地あり
月の雨棗に色の來つつあり
蜜畫見るごとく近づき露の崖
弔問のわれに冬川そふ如く
苺狩金貨の如く日を仰ぎ
冬すすむ坂を快走牛乳屋
胸ほどの焚火の高さ野の家に

『秋収冬蔵』

島彼方積荷の凧が繪を累ね
白魚やなみだが紙に落ちし音
馬もまた歯より衰ふ雪へ雪
秋の晝筧へあゆむ長子あり
白屛風谷の魚どちさびはじむ
石につく鮎に明るき杉丸太
悼むとは湯氣立てて松見ることか
しぐれつつ木の花うかぶ高さかな
囀やあかあかと積む松の薪
ひやひやと水の落ちゆく山の中
終の雪一とひら亀にのりにけり
朧夜を泪のごとく湧きしえび
すぐ氷る木賊の前のうすき水
山へ紙ひらひらとんで御祓かな
あかあかと天地の間の雛納
良寛の天といふ字や蕨出づ
最澄の瞑目つづく冬の畦

『天地存問』

石をつつむ氷もありぬ鬼やらひ
白昼を能見て過ごす蓬かな
鯉おぼろあたまを水に打たせをり
花つけてうつろの竹とひるの月
茸山の蛾のほろほろと月の前
蓬莱や竹つたひくる山の水
雪吊や旅信を書くに水二滴
東大寺湯屋の空ゆく落花かな
団扇踏み盲となりし僧おもふ
顔につく大きな雪や能のあと
虫たべに来て鳥涼し高山寺

『紅爐抄』

柚子青し青しと神をまへうしろ
とぶ鳥の顔よく見えて氷柱みち
草を焼く火を見ながらの伊勢ことば
紅梅にそれてあたりし雪つぶて
夏わらび青し誘ひつ誘はれつ
蚊柱や蓮如ものりし木の葉舟
湯の神も見えて夜長の山かたち
柿踏むや闇まつさきに目を奪ひ
春潮や墨うすき文ふところに
昼の酒蓬は丈をのばしけり
鮠たなご好きで飼ひをり団扇出づ
ひらひらと忘れ扇や虚子の顔
手をひくもひかれるも秋島めぐり
きのふけふ立てたる畝か初しぐれ
虚子焚火でで虫のよくうごく庭

『草心』

初夢のいきなり太き蝶の腹
三日ほど漂ふ蔓や夏火鉢
巣をあるく蜂のあしおと秋の昼
枕辺に鯉はねて秋をはりけり
雪げむり鯉はうろこのまま煮込み
初夢の光悦の耳うごきけり
春の露大小流れはじめけり
月出でて露を流すか丸めるか
この秋や鯛を波より抜き上げし
火のさきのちぎれつながり月の宿
花札の一枚に人雨月なり
こね鉢を出雲と名付け夕涼み
西によき山水図あり余り苗
秋草に坐り異才の必衰を
戦経て扇風機の絵売れにけり
大魚籠の如き晩年秋をねむり

『薪水』

とろとろの柿正月の薬とし
蠅生れたちまちに知恵見せにけり
七夕や丸餅ほどの墨くばり
読初は一尾の鯉となりし僧
秋風を見るに豆腐を肴とし
大年の滝音に火のめくれたる
いまさらに阿波の長者の白うちは
山のもの川のもの食べ冬湯治
夏も果馬の平首叩かんと
法然のふくふくの指蝶の空
文旦によいしよよいしよと老師来る
赤松の二階の景やとろろ汁
うに食べて日の出月の出絵に遺し
火のにほひつよき仏と夏の闇

『松下童子』

でで虫の殻うごきけり冬のゆめ
火にのせて焦す草餅遊学す
一つ火や三つに分けぬ初諸子
大鯉とならび泳ぎて手捕りしと
東風吹くや下げてずつしり赤き肉
風にのる百のかもめも雛祭
こほろぎの子を見る眼鏡かけにけり
雨ながら水澄む村とおもひをり
タイプ打つ白髪の人はつゆめに
露の玉蜂の怒りのをさまらず
旅人のごとし団扇を買ひしより
秋すだれ山に向ひて巻き上げし
くるくると廻したのしむ白うちは
笑ふ時なみだも熱き天の川