アンの家は屋根裏部屋がある。一階の玄関広間から上を見上げるとこの屋根裏部屋行きの階段が見える。一階から二階へ上がる螺旋階段とは全然違う、一人しか通れないような幅の細いちょっと急な角度の階段だった。
アンは玄関から家に入るとぐるっと回って家の中の景色を楽しむ。玄関扉の上のステンドグラスは綺麗に光を通し、季節によっても色や輝かしさを変えて、そっと床まで色を落としてくれる。螺旋階段の綺麗なカーブも、二階にぐるりとコの字にある廊下の柵も、椅子もソファもピアノも振り子時計もアンはどれも大好きだった。ただ、ひとつ、屋根裏に伸びるあの階段をみると胸がチクリと痛いような気持になる。
アンは90歳にしては足腰も丈夫だし、頭もしゃんとしている自信があったけど、屋根裏部屋まで上がるのはアンにとっては山登りに行くくらいの心の準備が必要だった。
もう何十年も入ってないような気がする。
屋根裏部屋は一時アンの部屋だった。アンは3姉妹の末娘だった。アンはもう覚えていないけど、幼児のころは2階の一番広い部屋を姉妹3人の部屋としてあてがわれていたそうだ。2台のシングルベッドをくっつけて3人で並んで寝るように両親が用意してくれていたそうだったけど、まだ小さいアンは夜になると泣き出してオバケが出るだの、寂しいだの言っていつも祖父の寝ていた1階の小さな部屋に潜り込んで祖父と一緒に寝ていたそうだった。姉たちもアンがおねしょして自分たちの寝床を汚されるのが嫌だったから、祖父の部屋へ行ってくれるのは大助かりだったらしい。
そして、5歳のとき祖父が亡くなった。祖父は風邪をひいて病院に入院したけれどそのままこじらせて肺炎で亡くなったそうだ。アンは祖父が帰ってくると思って祖父の入院中の数日も祖父の部屋で寝ていた。祖父のベッドと祖父の香りがないと寝られないからだった。祖父がいなくなっても祖父の部屋で寝るつもりだったけれど、祖父の部屋はもともと玄関近くの倉庫だったところで、祖父の足が悪くなったた時に祖父の寝室に変えたけれど窓が一つしかないし、寝るだけならいいけれどアンがここで勉強などするには不向きだという話になったらしい。そしてアンは自分の寝場所が無いことに気が付いた。アンが姉妹部屋に戻りたくても姉たちがそれぞれ陣地を広げていてアンの入る隙が無くなっていたのである。その時のことはしっかり覚えている。
祖父の亡くなった数日後の休日に、アンのために父と母が朝からずっと動いていた。葬儀のお手伝いに来ていた近所のおじちゃんたちもいた。アンは姉たちと共に玄関広間のソファに座って様子を眺めていた。それまで物置にしていた屋根裏部屋の物が沢山玄関におりて来た。それから掃除道具が屋根裏部屋に上がっていき、今度は1階の祖父が使っていたベッドやライトが屋根裏部屋に運ばれていった。
「アン。屋根裏部屋がアンの部屋になるんだって、怖がりなのに大丈夫かしら。」
姉のコニーがちょっと意地悪そうに言った。
「大丈夫よ、おじいちゃんが守ってくれるわ。」
アンはオバケがいると信じていて、祖父が亡くなる前は怖かったけど、祖父の死後はむしろおじいちゃんオバケが出てきてほしいと思っていた。
「ここがアンのお部屋よ!素敵でしょう?」
母に呼ばれて初めて自分の部屋を見た時の興奮は今でも覚えている。
屋根裏部屋は美しかった。天井の高いところは父が立っても余裕があって、一番低いところは当時5歳のアンでもちょっとしゃがみこまないといけないところもあった。お外から見れば大きな三角屋根なのだけど、玄関広間の上が屋根まで吹き抜けなので半分しか屋根裏がない。そんなに広い空間では無かったけど、ベッドもあるしスタンドライトもあるし、チェストもあるし、十分だった。それに、アンはこの小さな部屋がむしろ気に入った。
母の手作りのベッドカバーがその雰囲気をより素敵にしていた。祖父と一緒に寝ていたあの気持ちのいいベッドに小花柄を集めて作ったパッチワークのベッドカバーがかかっていた。
「アンのお部屋は小さいけどかわいいね。」
母は嬉しそうに屋根裏部屋を眺めながら言った。
「お母さんが寂しくなったらここに来ていいかしら?」
母はそう言ってアンを抱っこしてベッドに座った。
「もちろん!!」
アンは自分の部屋に人を招き入れるのってなんて素敵かしら、と心から嬉しかった。母の腕の中は甘い香りがした。
母はそれから毎日のように屋根裏部屋でアンと一緒に寝た。1年ほどしたら母は寝る前に話をしにきて、アンが眠ると朝にはいなくなっていた。
そして、アンが10歳頃、学校のお友達との文通をするようになったので、母は邪魔をしないように顔を出すだけになった。
「アン、お手紙?、遅くならないようにね、おやすみ。」
と言って降りるだけになった。
アンは自分が母親になってから気が付いたけれど、母はアンが一人で寝られるように段階を踏んでくれたんだろうと。そのおかげかアンはこの屋根裏部屋が一度も怖いと思ったことがない。
アンが15歳の時に突然母がアンの部屋に来て、一緒に寝ようか、と言ったことがある。
「え、なんでよーもう子供じゃないんだから。」
とアンが言うと
「はいはいごめんなさいね、そうでした。」
と母は笑いながら降りて行った。
次の日、一番上の姉のコニーが家族に結婚を発表した。
母は寂しかったのかもしれない。90歳になった今でもあの時母と一緒に寝ればよかったと後悔してしまう。
何か話がしたかったのかしら。母は92歳まで生きて孫にも恵まれて苦労もあっただろうけど幸せに死んでいったと思う。
こんな年になっても母が恋しいなんて
屋根裏部屋へ続く階段を見るとアンの15歳の時の母を思い出し切なくる。
最後まで読んでくれてありがとうございます。90歳になったアンの記憶と家族の物語。
ぜひまた見に来てください。