アンの寝室はアンの65歳の誕生日に2階の部屋から1階の倉庫部屋に移した。ここはアンの祖父も使っていたし、その後、アンの父も母も使っていた。

 それぞれ高齢になり2階へ上がるのが億劫になってから1階だけで過ごせるようにということでそうしてきたが、アンの場合はちょっと早かった。

 

 アンの寝室は子どもの頃は2階ではなく屋根裏部屋だったし、倉庫部屋は幼い頃祖父と一緒に毎日一緒に寝ていた部屋なので、アンにとってはスタートの大切な場所だった。65歳の時のお誕生日祝いに長男に何が欲しいかと聞かれ、一階の倉庫部屋に寝室を移してほしいとお願いした。その数年前亡くなる前の母が使っていたのですぐに綺麗にできた。

 

 倉庫部屋は玄関扉から家に入るとすぐ左手にある。顔が出せる程度の小さな窓が一つあるだけの小さな部屋で、シングルベッドを一つ置くだけであとはスタンドライトと、丸いサイドテーブルを置けばぎゅうぎゅうになるほどの部屋だ。

 

 倉庫部屋の奥にまた扉がありその扉の向こうもまた倉庫になっていてそこからさらに外に出られる扉がまた向こうについている。この家はほとんど木でできているが、奥の倉庫だけ石造りになっている。夏になるとここだけひんやりした空間で気持ちがいい。祖父が建てた頃は畑もしていたため、収穫したものを保管していたそうだ。大きい窓はなく、屋根のすぐ下に横に細長い窓が3つ付いている。夏になると、アンは石造りの倉庫の窓をあけて、倉庫部屋との間の扉を開け放し、ベッド横にある小窓を開けて寝ている。冷たい石畳の上で冷やされた風がフワッと吹き抜けて涼しい。

 

 

 

 アンの代は3姉妹で、男系でつないできたこの家の跡継ぎがいなかった。

 

 「お父さんがアンの結婚相手に相応しい人を探すからね。」

 

 父が婿を取ると言い出したとき、アンは17歳だった。長女が結婚して家を出たあと、次女が今の夫との恋愛中で、それを知った父がアンが誰かと恋愛する前に話をまとめておこうという計画だった。

 実はアンは異性を好きだとか全然わからなかった。ただ、結婚する前にどんな人なのか知る必要はあると思っていたし、恋愛もしてみたかったし、顔も知らない人との結婚なんてどう考えても嫌だった。

 

ところが、父が選んだのはアンの知っている人だった。

 

 

 

 

 アンは幼い頃あまりお外で遊ぶのが好きじゃなくて、本ばかり読むような子だった。2階にあった姉妹の部屋に入り、姉達もアンと同じ年頃に読んでいたというお姫様シリーズの本を何度も繰り返し読んでいた。アンは本の中のお姫様に憧れていて自分がお姫様じゃないことにがっかりしていた。

 

「あーあ私がお姫様だったらいいのにな。毎日綺麗なドレスを着て。毎日贅沢なお肉に噛り付くの。」

 

 アンが姉達に言うと、

 

「お姫様はお肉に噛り付いたりしないわよ。」

 

 と、姉達が大笑いした。長女のコニーが目に涙を浮かべるほど笑って言った。

 

 「とにかく。アンはお肉が食べたいのね。お姉ちゃんがうんとお金持ちの人と結婚したらアンにこーーんな大きなお肉を食べさせてあげるわよ。」

 

 アンは無性に腹が立っていた。お姫様として生まれたかったという話をしているだけでお肉に噛り付きたい訳ではなかった。本に書いてあったんだもの!

 アンは女の子はみんなお姫様に憧れていると思っていたから、姉達がそうでもなさそうな事にも驚いたし、姉達ときたらまるでアンを馬鹿にしているようだったし、お肉に噛り付くという事を言ってしまった自分にも腹立たしかった。

 プイッとふくれて笑っている姉達に背を向けて部屋を出た。アンはそれからお姫様に憧れたりすることをやめた。

90歳になったアンはこのことを思い出すとクスッと笑えて来る。我ながら可愛らしい。

 アンの娘はあまり本を読まずお外に出てスポーツに明け暮れていたため、メルヘンな事を口にすることもなく、姉たちと同じような感覚だった。幼い娘を育てている時にようやく自分がかなりのメルヘンちゃんだったことに気が付いたのだった。

 

 アンが10歳の時、長女の学校で体育祭があり長女の応援に家族でいこうという話になったとき、正直面倒だと思ったけど、勝手なことを言うと父に叱られるのも嫌で、本を持って行き、体育祭なんかそっちのけで木陰の下でずっと本を読んでいた。

 長女はスポーツ万能でとても美人だった。

 父はスポーツができるのは自分に似ているからだと大喜びだった。次女もスポーツができるのに、末のアンだけ、か細くて静かな娘だといつも誰かに紹介していた。その日も父は上機嫌だった。長女は期待通りリレーでも大活躍だったし、なにより同級生たちが長女を応援する声が聞こえると満足そうだった。だけど、その日の最後に、学年対抗の綱引きで長女は前の子と足が絡まってケガをした。骨に異常はなかったが、膝から20センチほどずるずるに擦り剝けてしまった。

 綺麗な娘の足に傷がついたと父はプンプン怒っていた。男の子と女の子が交互に並んでいたので、前の子は男の子だという事も腹立たしい様子だった。

 体育祭が終わったあと、長女と保健室の先生が応援席の家族の元に来て、怪我の状態などを説明していた。包帯で巻かれた足が痛々しかった。

 帰る準備を終えて校門まで行くと、門の外で男の子が待っていた。

 

「コニー、今日のことを謝りたくて。その、本当にごめんなさい。」

 男の子が言った。おそらく綱引きで長女の前にいた子だろう。

 

 父がアンに

 「先に行こう、アン。」

 と言ってにっこりしてアンの手を握った。

 

 母も次女もいたはずだけどその姿を思い出せない。

 

 父に手を握られてぐいぐい引っ張られる間もアンは男の子から目が離せなかった。

その男の子の美しい瞳、綺麗な横顔、まさに王子様のようだった。アンははじめて姉のことが羨ましくなった。

 

 アンはその王子様に会いたくて長女の学校のイベントにことあるごとに参加した。王子様の姿を探しては、離れた所からこっそり観察した。

 

 横顔だけじゃなくて真正面から見ても素敵!声も素敵!やっぱりあの瞳が一番素敵!

 

それが恋心だったかどうかはわからない。そして長女が学校を卒業したとき、アンは王子様とお別れになってしまった。

 

 

 

 17歳の時、父が婿候補としてつれてきたハリーを見たとき、アンは、もしかして、もしかして、もしかして。と心の中で何度もつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

読んでくださりありがとうございます。

 

だんだん元の話から膨らみすぎている気がしています。。。長くなりそうです。

 

また読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。