「延命治療しますか⁉️」


この言葉が

頭から離れなかった。。


結局延命治療しなかった。


苦しむおかんを

もう見たくなかった。


苦しんでまで

生かせたくはなかった。。


2日後、朝病院から

私の元へ着信があった。


覚悟はしていた。


「お母さん、危篤です。」


わたしはどう返事

したのかも覚えてない。


すぐさま弟と一緒に

病院へ向かった。


病室にやっと入れた。


なんでこんな時に

コロナなんよ、、ショボーンショボーンショボーン


おかんは

安らかに眠っていた。


わたしは息子も

一緒に連れてきてたから


息子をおかんのベッドに

座らせて


「バァバだよ」


とまだ話せない息子の

キョトンとした顔を


眺めるのが

精一杯だった。


おかんの頬を触ると

まだ温かくて


死んでるとは思えない。。


弟も気丈に振る舞っていた。


思い切り泣きたいんやろな。


あぁ、、


お母さん。。


もう会えないんだな。


そう思っても

ぜんぜん涙が出てこない。


まだ現実を

受け止められないでいた。



それから

葬式などまたおとんが

亡くなった時のように


事務的な手続きが終わり、


わたしたち兄弟は

目まぐるしく

忙しい日々を送った。


おかんが住んでた家の

撤去作業。


おかんが定期購入

していたコンドロイチンやら

いろんなサプリなどの解約。


そして葬式も終わり

火葬の日。


とうとう

おかんともほんとうに

会えなくなる。


わたしたちはこの時

みんなで泣き崩れた。


死ぬほど泣いた。


わたしはお父さん子

だったけれど、


おとんが亡くなった時よりも

泣いた。。。


その帰り、

わたしたちが乗った車から

窓をのぞくと


名古屋には珍しく

雪が散らついていた。


きっとおかんやろな。


「なーーに、泣いてんの⁉️

あんたら‼️

ほら、しっかりしぃーーー‼️」



そんなこと

言われてるみたいで

わたしたちは

涙を拭いながらも

少し笑顔を取り戻した。


お母さん、、

ほんとうにほんとうに

ありがとう‼️


大好きだよ‼️