老いたる源氏は暗闇の中で目を覚ましました。目が見えます。

光りさす小穴から下を覗くと、3人の男が話しをしています。

 

「ちっ、薫か。一念三千?南無法華経?確かに夕霧の前で臨終のときにそう言ったが。

そう悟りきれずに冥府をさまよっているのが現実なのに」

 

そこに同じく冥府をさまよっている柏木の声がかぶさってきます。

「私の血筋に似合わずなんと仏道心が篤いことよ」

「柏木か?今に見ておれ。薫が煩悩でのたうち回る姿を」

「そうはさせませんよ。私の子ですから」

 

その時天空がにわかに掻き曇り大粒の雨と同時にすさまじい稲光が。

「どどどーん!」

八の宮邸の間近に雷が落ちました。その瞬間、

二人の老人は念仏を、薫は南無法華経と唱えておりました。

 

      X  X  X

 

それから三年、秋のある夜。薫はいつものように八の宮邸を訪れました。

ところがその夜は八の宮の姿が見えません。美しい娘たちが琵琶ときん

を弾いています。思わず薫は耳を澄ませてたたずみます。

 

「なんと。ここは田舎と気にも留めてはいなかったが」

 

垣根から垣間見る限りは雅な姫二人で奏でていらっしゃいます。

見るからに御姉妹とわかります。姉君はおおらかそうでつつましく

妹君は素直でかわいらしく。一目で薫はこの姉姫のとりこになりました。

 

先ほどからずっと天空の暗闇から源氏と柏木が覗いています。

老いたる源氏は、

「それ見ろ、薫の化けの皮がはがれてきたぞ」

 

すかさず柏木は、

「いえいえ、薫は慎重ですからご安心を」

 

二人は天空の暗闇から今にも落ちこぼれそうに薫の成り行きを窺っています。