「天台の言われる一念三千とはいかなる教えでしょうか?

とても難しそうなのですがわたくしにでもわかるように。

噛んで含んでやさしくお説き願えませんでしょうか?」

 

源氏様は大きく息を吸われて嬉しそうにおっしゃいます。

「夕霧、お前もすごい問いを投げかけるもんやな」

「いえいえ」

「わしもそう長くはなさそうじゃからここは気合を入れて

じっくりと話そうか。十界は知っておるか?」

 

「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、佛」

「人の生命状態は瞬時瞬時このどこかに存じておるとまず考えてみる」

「はい」

「一人の人間にあててみると、こうなる。いつもは平静な人界の自分。

いい天気で気持ちがいい、天界。なぜだろう絵になるこの景色、声聞、

縁覚界。人に何かしてあげたい、菩薩界。雨が降り出した逃げねば、

修羅界。あいつの傘を奪ってやれ、畜生界。わしさえよければと走って

崖から落ちて大けが、餓鬼、地獄界」

 

「よくわかります!」

「いつもは何界というのがある」

「いつもは何界?」

「多くの人は大体いつもは人界」

「なるほど」

「わしは大体縁覚界」

「私は大体声聞界」

「そんなところじゃな、はははは」

 

お二人の笑い声が響きます。

 

「わしも縁に触れてこの十界を行ったり来たりしておるが大体縁覚界」

「全ての界の人にまた十界」

「そのとおり。これを十界互具という」

「なるほど」

「次が方便品、十如是の文。十界互具は相、性、體、力、作、因、縁、

果、報、本末究竟等の十如是で変位する」

 

「これはすごい」

「これを百界千如という。ただ一人舎利弗はこの時悟った」

「ただ一人悟った。何をですか?」

「今まで法華経以前ではひねくれ者の悪人、焼きもち焼きの女人、

自信過剰のうぬぼれもの声聞、縁覚の二乗は成仏できないと説かれておった」

 

「そうでしたか」

「早いうちに悪人と女人の成仏は明かされるが、二乗はまだ明かされていなかった」

「なるほど。ここで初めて二乗も成仏できると」

「ただ一人、舎利弗だけが悟ったのじゃ」