玉鬘はちらとお市の方を見る様子、源氏にはわかりません。
酒の膳が用意してあります。
「夕霧大臣のお子と二条東院で暮らしておられます」
「そうかそのようなことを申しておったな。ばあさんじゃなもう」
「全く面倒見のいいおばあちゃまにてございます」
「はははは、わしもそう長くはない。もうろくおじいちゃまや」
そこに塩焼きのアユが運ばれてきます。
柚子としょうゆが添えてあります。
「私がお口に入れて差し上げます」
「そうか、柚子を大目にな」
「はい、お口を開けて、あーん」
和やかな義父と養女の時が流れていきます。
「蛍の宮の病気の具合はどうじゃ、しらぬか?」
「弟君でございますか。真木柱様に姫が生まれましてから
元気になられました」
「そうか?蛍と言えば玉鬘、覚えておるかあの宵のこと」
「もちろんですとも。なんで忘れられましょう。義父のくせに
言い寄るあなた様にはうんざりしておりましたよ。この色きちがい
と、ほんとに思っておりました」
「まあそういうな。弟の兵部が懸想して文を差し込んでいたのは
知ってはいたがまさか上がり込んでくるとは、あの時はほんとに
焦った。すぐに几帳の陰に隠れはしたが」
「几帳の垂れ絹がさっと開いてたくさんの蛍が輝いて飛んできました」
「お前を喜ばすためにそっとかごに入れて隠し持っていたのじゃよ」
「まあ、ほんとに女御にはまめなお方でいらっしゃいましたね」
「それが源氏よ。しかし妻紫上が死んでからは全くそうではなくなった。
出家の境地とそういうものよ」
「読経の声を聴いておりますと昔と少しも変わりませんよ。いいお声で
艶があって、つい聞き惚れて、足の歩みをとどめるほど」
「そうか」
老いたる源氏は嬉しそうに微笑みます。
お市と玉鬘も顔を見合わせて微笑んでいます。