このブログではOpenFOAMでサイクロローターをシミュレーションしましたが、本当に360°推力偏向が実現できるのか気になったので実際に製作して確かめてみました。

 

 

回転中心とブレードの位置関係は以下の図で表されます。

 

 

この図では翼型にCLARK Yを描いていますが、実際に回転させると円周方向に揚力が発生します。これは有害抗力にしかならず装置を振り回して壊してしまうだけですので、上下対称翼型を使うことにします。

 

このためブレードの固定を容易にすることも含めてNACA0015と若干厚めの翼型を採用しました。翼弦長45mm、翼幅120mmです。実在するローターではブレード数は4枚から6枚と様々ですが、推力・抗力・重量にそれぞれ一長一短があるので中をとって5枚としました。この辺りの事情は一般的な航空機用プロペラと変わらないと思います。

 

筆者の学生時代は製図にドラフターを使っていたため、五角形の機械を設計するのは本能的に避けたいほうですがCADのおかげで簡単に設計できるようになりました。

 

 

筆者が持っている3Dプリンタの造形寸法は縦横高さ各180mmです。全ての部品がこの範囲に収まる必要があるので、FreeCADでサイズ感を検討してローター回転半径Rは70mm、支持間隔P-Mは20mm、オフセット半径eは9mmとしました。その結果コンロッドLは73.36mmとなりました。

 

実機を作りたくなったもう一つの理由は、ローター内の障害物であるシャフトの直径を明らかにすることです。以前OpenFOAMでシミュレーションした時は4枚のブレードが雰囲気中をただ周回しただけでしたが、実際の機構では中心に邪魔なシャフトが存在します。このシャフトの直径が分かれば、将来的にもっと正確なシミュレーションができるでしょう。

 

結果、この設計を通して構造上外径25mmのシャフトがローター中央に配置されることが分かりました。このたび制作したサイクロローターの風洞実験とOpenFOAMによるシミュレーションの条件を揃えることができたことになります。

 

ローターの回転に使うブラシレスDCモーターは、実機のローター回転数領域である1200rpmオーバーを軽く出力します。ブレード角の制御にはステッピングモーターを使います。世界的に入手しやすい、良く知られている部品を選びました。これらをArduino Uno R3を使って制御します。

 

ブラシレスDCモーター:D3536-750KV

ESC(Electronic Speed Controller):SKYWALKER 50A-UBEC

ステッピングモーター:28BYJ-48 5VDC

モータードライバボード:ULN2003A

 

ブラシレスDCモーターの最大出力は350W、2セルLipoバッテリーは7.4Vなので350/7.4=47.3AよりESCの容量は50Aクラスとなります。

 

50A-UBECは同じ電流容量50Aで新機能が追加された新モデルV2が出回っていますが、旧モデルを使用しています。一見、上位互換のように見えますが旧モデルは2〜4S Lipo対応、V2は3〜4S Lipo対応と仕様が違いますので手配する時に注意が必要です。

 

プーリー穴径の都合により軸径5mmでKV値の最も低い型式を選定しましたがこれでも速すぎるので、2GTプーリーを駆動側40T:従動側80Tとしてローター回転数を半減しています。タイミングベルトには幅6mm×周長220mmを使用し、軸間距離は計算によって48.5mmと求まりました。

 

というわけで、必要な部品を作って組み上がった実験装置がこれです。前回の投稿で3Dプリンタで生成可能な標準フレームSPF1616を考案したのは、実のところこのプロジェクトのためでした。モーターのマウント位置を微調整するためにフレームのスリットを活用しています。

 

Five-blade cyclorotor, Designed by kirimaru 2025

 

手作りの実験装置とはいえ、風圧を感じられるほどの高速回転が求められます。このためローターがスムーズに回転するよう各シャフトにベアリングを入れてあります。

 

各ブレードに直径2mm×18mmのステンレスピン3本を立て、それぞれミニチュアベアリング682ZZで保持します。直径8mmの内部シャフト両側に配したDDLF-1280ZZでローターシャフトの同心円上に保持します。ローター本体は6704ZZの2個使いでT型ベアリングホルダーが片持ちします。

 

 

スケッチとピン配置は以下のGitHubリポジトリを参照してください。

 

 

Arduinoには5Vを分圧する10kΩBカーブ可変抵抗RK09K1130AAUを2個接続しており、A0ピンに入力した可変抵抗”JOG”でブレード角θの制御、A1ピンに入力した可変抵抗”VOL”でローターの回転数を制御します。

 

ユニバーサル基板には可変抵抗の他に0.91インチOLEDディスプレイを載せており、I2C通信で制御します。赤黒線はドライバ基板への5V電源供給です。

 

 

 

実験装置の操作手順を示します。

  1. ArduinoとESCの電源が切れていることを確認します。ESCの電源はまだ入れないでください。
  2. Arduinoの電源を入れ、2つのツマミを最小、CCW方向一杯に絞ります。ローターが突然動かないよう、ツマミの原点復帰を確認するまでプログラムが待機します。
  3. ESCの電源を入れ、中立までJOGツマミをCW方向に回します。この操作で待機状態が解除され、続いてスロットル信号の最大幅と最小幅をESCに学習させます。
  4. ディスプレイが運転モードの表示に移行したら、VOLツマミを少しずつCW方向へ回します。ローターが回転を始めます。
  5. JOGツマミをCCW方向/CW方向にある程度まで回すと、ブレード角が変化します。ツマミを中立に戻すとそこでブレード角が保持されます。

このESCは、スロットル制御範囲がパルス幅1100〜1940uSecと規定されています。VOLが最小にあるときこれを下回るパルス幅1000uSecが出力され、ローターは回転しません。

 

  

D6ピン出力:スロットル校正信号 2000uSec → 1000uSec

 

D6ピン出力:スロットル周波数 50Hz

 

VOLをCW方向にゆっくり回すとローターはゆっくり回転を始め、さらに回すと回転数が上がります。モーターの回転方向が逆のときはモーター端子U、V、Wのうち2つの結線を入れ替えると反転できます。

 

ドローンではバッテリーを使用しますが、これは実験ですので正確に7.4Vを供給するため定電圧電源を使用しました。モーター起動時の突入電流が大きいため、過電流保護の閾値を1Aに設定しました。バッテリーを使用すると回転数が安定しないかも知れません。

 

ESCへの供給電力(参考)

 

実験1:ブレード角可変機構の動作確認

 

実験2:ローターとブレード機構を組み合わせての動作確認

 

実験室は無風ですが、回転中のローターに手を近づけると充分に風を感じます。ブレード角を変えるとこの排気方向も刻々と変化するのが感じられ、この仕組みによって推力を全周方向に可変できることが確認できました。
 
ここまでやると水溶性グリコールによる煙流線などを駆使してどうにか可視化したくなりますが、実際にやろうとするとなかなか大変です。何か良い方法がないか探してみようと思います。
 
サイクロローターを搭載した中型eVTOLの研究はCycloTech社が先行していますが、同社のブレード角可変機構はコンロッドを保持する円形ハブがローター回転軸から自在にオフセットすることで推力方向を瞬時に可変させることができます。
 
これに比べて筆者の採用した古典的なクランク方式は、部品配置が軸対称となっておらず偏心による振動がどうしても生じます。また推力を180°偏向させたいとき、姿勢を制御するうえで少しでも無難な推力方向を勘案してクランクの遷移にCCWまたはCWのどちらでいくべきか決める必要があります。遷移が完了するまで余計な方向への推力が生じ、つまりは安定性も応答性も劣ると言えます。
 
CycloTech社の機構は、推力方向がニュートラルのとき部品の重量バランスがとれる点がとても魅力的に映ります。