昨年、アルコール性肝硬変で亡くなった弟についての回顧録を書いています。


弟が最初に体調不良を訴えるまでの出来事や、弟の生活環境について、関連がありそうな出来事を書いてみたいと思います。



2015年(43歳) 弟のひとり息子の長男が高校を卒業して家を出て就職をしたのを機に離婚。弟のマンションでの一人暮らしの生活が始まる。


2016年(44歳) お正月に実家で、私たち兄弟とそれぞれの子供らが皆で集まり、いつものようにお酒を飲んでいた。

同年の暮れ頃には、弟の長男の成人式の家族写真を撮っていて、その写真に写っている弟に変わった様子はなし。


2017年(45歳) お正月に実家でいつもの集まり。

この時も特に変わった様子はなく、いつも通りお酒を飲んでいた。

弟と長男が会ったのは、これが最後になった。



そして私の過去のブログには、この年の夏頃 兄弟3人で飲み会をした記事が残っています。

弟は いつも通り豪快に、機嫌良くお酒を飲んでいました。


弟は、この兄弟での外飲みの日を とても楽しみにしていて、あの時の大いに飲んで笑っているアロハシャツ姿の弟が今でも目に浮かびます。


2軒目のお店のマスターに、『俺たち、兄弟なんですよー。俺の兄貴、全然似てないでしょ?こっちは俺の好きなお姉ちゃん。あはは!』

そんな感じで、嬉しくて嬉しくて、周りに言いたくてたまらないという はしゃぎようでした。


あの時は、まだ こんな未来になっているなんて

誰も想像していなかったし、

戻れるなら、あの頃の元気な弟に会いたい。

会って、またお姉ちゃんって呼んで欲しい。




2018年(46歳) この年に、高齢になった母が

年始の実家での集まりを卒業としたため、恒例のお正月に皆で顔を合わせるということがなくなった。私が両親に会いに行くことは度々あったが、以降 弟に会う機会は めっきりなくなった。

この頃に、弟のマンションで彼女も一緒に暮らすようになったと思われる。


2019年(47歳) この年に、弟は体調不良を訴えて 初めて入院をする。

体調不良で入院する少し前から、弟は実家に拠点を置いて生活をするようになっていた。

平日は実家から仕事に行き、週末のみマンションで、という行ったり来たりする生活が始まる。


私は、時々 実家を訪れて、両親と食事に行ったりしていたが、弟と実家で鉢合わせることはなかった。

ただ、その時に弟の様子を実家の母から聞いていたので、最近 平日は実家から仕事に行っているとか、体調が悪くて入院したということを知っていた。

弟は、私が心配するからと 入院したことなど言わなくていいと言っていたらしい。


母から聞いた話では、この時の弟の体調不良は、食欲不振と強烈な倦怠感だったとのこと。

この入院で、肝硬変になっていることが判明しているが この時はまだ入院中の断酒ができており、

それと同時に肝臓の数値がかなり回復したそうで、

アルコール依存症になっていなかったことと、

まだ回復できる体であったことが分かり、

病院の先生にも褒められて、退院後 しばらく禁酒できていたらしい。

退院後、数ヶ月の通院期間を経て 奇跡のように体が回復した。


これが、弟が亡くなる6年前のこと。

ここが弟の人生の分岐点であったと、今だから分かる。


おそらく、弟は過信したのだと思う。

自分はアルコール依存症ではなく、やめようと思えばいつでも自制できる。

そして、まだ回復できる肝臓の強さと体力が自分にはある。


その慢心が、その後の弟の人生を短くすることにつながったように思えてならない。