このブログでアシュタールが

言葉の重要性を説いています。

 

今の俺たちの意識、思考なら

こう話した方が理解しやすいだろう、、、

そう考えたうえでの

アドバイスなんだろうと

そう思いました。

 

 

 

一方でずっと

アシュタールやさくやさんの情報を得て

≪思考する≫ということとは

どうゆうことなのかと考えてもいました。

 

「人が思考するときは

 言語無くしてありえない。」

 

そういった人間の認識が通説として

広くあるように

 

俺自身が言葉無くして思考することが

できません。

 

でも、他の生物や存在は逆に言葉無くして

思考しているのだろうとも

思っていました。

 

そこに関わってくるのが

テレパシーなのではないか?とも

思っていました。

 

言語を介さず

思考し、相手に伝える。

 

 

アシュタールが時折、

 

「言葉で伝えるのは難しいですね」

 

そう言っています。

 

そうなんです。

≪直接思考≫ができれば

もっと意識や何かが

変わるのではないか?

そう思っていました。

 

変わる、、、というのは

眠っている感覚、力もそうですが

〈波動〉に関しての認識が

もっとダイレクトに変わってきそうな、、、

そんな気がしてなりません。

 

 

では

言語を介さない

≪直接思考≫とはどうやるのか。

 

左脳ではなく

右脳で思考する?

 

いや、、、左脳も右脳も司る分野が違うのだから

やはり左脳で思考するけど

言語は使わない?

 

ここなんですよね。。。

 

イメージできないw

 

 

 

 

ちょっと横道。

 

2か国語以上話せる人が

夢を見た時に何語を話しているか?という

話を聞きました。

 

多くの人が母国語が多いと言っています。

時には今、多様している言語もまじる、など

いろいろだと言う方もいます。

 

 

さらに

言語学者や多国語を使う人の間で

思考しやすい言語として

ドイツ語が上がりやすいとも聞きました。

 

文法や言語の音なども含めて

思考しやすい言語なんだとも。

 

 

つまるところ

言語によって思考の仕方に

〈制約〉がかかっているとも言えます。

 

どの言語を使うのかが

その人の思考特性をもたらす。

 

 

 

 

 

 

ずっと以前の俺は

もっと日本語を大事にしなくちゃ

日本文化がなくなる!

と騒いでいたものです。

 

それは今もそう思う部分はあります。

すぐに≪直接思考≫なんて

離れ業をできない人がほとんどですから、

当面は日本語大事。

 

けれど最近は

言語ありきじゃないのだ

ということも

常に思っています。

 

 

言語ありき、、、というのは

もしかしたら一番の洗脳?

なのかもしれないな~なんて

思ってもいますw