お盆に父の初盆があり実家に帰りました。

みんなでお経を読むのですが、この時に久しぶりに懐かしい感覚に見舞われます。

※画像と内容は関係ありません(笑)

 

懐かしい感覚とは・・・

そう、みんなで読んで合わせることです。

 

人と合わせることが苦手な私は、人付き合いが苦手でした。

今は代償機能を使うことや大人になって短い時間を合わせることができるようになっており、その合わせる状態が日常化していましたが、久しぶりに他人の音程(特に男性の声)に合わせて読むということが苦痛であったことを思い出しました。

 

声が今は低く他人から見ればあまり違和感がありませんが、昔はソプラノの歌が得意な少年でした。

そのため他人の音階に合わせて読む朗読や歌などは私の声が高く、周りが低すぎて合わせられず、すごく嫌だったことを思い出しました。

 

みんなが一生懸命にお経を読む中、自分の声と合わないお経に私は久しぶりに思い出す他人との不快な連携や自分が嫌だった過去を思い出しました。

 

なぜ忘れていたんだろう?喪主で大切なポジションにいる私はそんなことをずっと考えて自分を押し殺していました。

 

人は嫌なことは忘れられる

ただそれは妥協や未完了として残ることにつながり、今の自分が自分らしくないことに気が付き、後半の部分で自分の音階で読んでみることにしました。

 

変な音階で読みだしたため周りの親族たちは【なんやこいつ!】みたいな目で見られました。

その他人を意識した今の自分は・・・

 

そう私は他人軸で他人を意識して今の自分を押し殺しており、さらには大切な父への思いも押し殺していたことがわかりました。

 

自分らしく生きる!

それは今を出し切ることで過去の未完了を乗り越えて得られるものだと再確認するお盆となりました。

 

これからも自分の軸を大事にしながら、日々自分の妥協や未完了やニーズと向き合っていきたいなぁと思いました。

 

皆さんにも自分軸で生きていけるきっかけになればと共有させていただきます。