皆さま

大変ご無沙汰しております。


前回記事を書いてから、半年以上過ぎてしまいました。


言い訳なのですが……5年前にあった更年期障害の始まり?といった頃とは、また少し?違う何かが私の身に起きたようで……。


文章を書く、という気持ちにどうしてもなれなくて。


いざ、書こうと思い立つと、アメーバのメンテナンスの日とぶつかったりして、タイミングを逸しておりました。


いま、書いております状況は、昨日、珍しくお仕事をお休みしまして。


日曜日から、おかしかったのですが、本格的に扁桃炎で、週明けは何とかやっていたものの、火曜日の深夜から全く声が出なくなりました。


いま現在も、無理して捻り出しても“囁き”声しか出ません。例えるなら、ワイドショーや夕方のニュース番組等で、モザイクをかけて、音声を変えられた人のような声で、ウィスパーです。


参ったなぁ……と感じております。


さて……前回が昨年10月に書いた記事でした。これだけ間を空けた事はありませんでした。


タイトルの10周年は、私がこのブログを始めて10年目という意味でした。


前回は、ブログを始めたキッカケや、私の半生を二人の親友が支えてくれた事を少し書きました。


もう32年来になる親友Sは、私の11歳上。

彼は「僕の旧い友人達は、精神を病んでしまって交流出来なくなったり、自殺してしまったり……だから、町田が貴重な長い友人だよ」と言ってくれました。


もう一人の28年来の親友Tは、音沙汰がなく、分かりません……。私の2歳上で、クォーターで、若い時キアヌ・リーブスに似ていました。私達が二人で歩いていると、よく恋人に間違われましたが、実際は、そんな事はなく、たまたま飲む日がクリスマスだったりしても、チェーン店のガラガラの居酒屋へ行っていました。


二人とも、私の精神的支柱でした。


しかし、二人は実は会った事がないのですが……。


とりとめもなく書き出しましたが、今年、私は53歳になりますが、まだまだ心の問題を解決出来ていません。


親友二人は、それぞれ、何時間でも費やして、私の話を聞き続けてくれました。

恋愛ではなく。 

決めつけはせず。

二人ともそれぞれ「お前は、どーしよーもないとこあるけど、面白いよ」と言ってくれていました。


そのおかげで、私は壊れないで済んだのだと思います。


そのおかげ……

「ひとに話せない事は無い」……これが私が狂わずにいられた理由。


誰彼かまわずは、話さないけれど、精神的支柱の二人には、何でも話しました。

酷い生い立ちだったので、自分で自分を育て直すと思っていましたが、


振り返れば、私は二人の親友に育て直して貰ったようなものですね。


父親代わりであり、兄代わりであり……遠く離れていても思いやっている……これは、親友というよりも、もはや家族だったのですね。


美化する訳ではありませんが、改めて認識しました。


二人にあまり接する機会が無くなってしまい、この8年、相談する事も無かったけれど、


独り立ち出来ているとは言い難い……。


私は、一体何がしたいのだろう……。