先週の火曜日は荻窪の「リラ」というシャンソンのお店にお招きいただき、忘れられない夜を過ごしました。
荻窪駅から少し歩いた、古い時代の名残のある小路の一画の小さなお店は、87歳のマダムがお一人でやられています。
月に何回かある貴重なシャンソンライブに招いてくださったのは、こちらで定期的に出演されている聖児セミョーノフさん。今までも、銀座コリドー街の「蛙たち」など色々なシャンソンの箱に呼んでいただきましたが「リラ」は初めて。
聖児セミョーノフさん
びっくりしたのは、私が到着したときお客さんは私をふくめてたった3人で、とてもプライベートな雰囲気の中でライブは始まっていたのです。これほど少人数の空間で聖児さんの歌をお聞きするのも初めて。他の場所では、いつもたくさんのお客さんがいました。「雨傘」「ベンチの恋人」「薔薇を探そう」など、初めて聴く曲も含めこの夜も素晴らしい歌声でした。
「リラ」のマダムの二宮眞知子さんは美輪明宏さんと同い年。日本のシャンソン界の草分け的存在で、このお店を一人で切り盛りされています。寡黙な雰囲気で、前半に4曲、後半に3曲歌ってくれました。
音程がどうとか、もはやそういうことではなく、歌のパワーと、目の前にいる姿に感銘を受けましたね。語りも交えてのシャンソンは、ところどころ声が途切れるところもありましたが、その表す世界がダイレクトに伝わってきます。
眞知子さんの過去の歌はどんなふうだったんだろう。今、3人のお客さんだけで聴くこの歌は、とても贅沢なものではないかしら。ピアノの上條泉さんも素晴らしい伴奏をする方で、ところどころ涙が溢れました。
眞知子さんの目が、どこを見ているのか分からない…ライトを夕日のように浴びて、視線は水平線の向こうにあるようなのです。とてもとても遠くを見ている…。
お客様のひとりに、シャンソンを実際に歌っているという美しい方がいて、今度初めてのライブを行うというお話などを聴きました。その方は59歳とのことでしたが、眞知子さんの前では娘っこ(!)にしか見えません。
「シャンソンは女の人がみんな可哀想な目に遭うけれど、そんなひどいこと実際に経験したことがないので、歌の世界に入っていくのが大変」だと、そのお客様は仰られました。
「あら! それは幸せ。私なんか、結構歌の世界そのまんまですよ」と私。シャンソンには、男に捨てられて坂道の途中で死んでしまう女性なんかも出て来るのですが、まあ私の人生もそんなのに限りなく近かったりします。
眞知子さんは「本当に経験しなくたっていいんだよ。歌の世界のことなんだから」と言いつつ、ご自分の恋の話はされない。お子さんはいないと仰っていたけど、結婚はされていたのでしょうか…夕日のようなライトを浴びて、「何か」を見つめるように歌う眞知子さん。言葉に出来ない愛おしさを感じてしまいました。
聖児さんは人の心を透視してしまうようなところがあり、「今のひかりさんに、眞知子さんの歌を聴いて欲しくて」と仰ってくれました。「ヒモのバラッド」は聖児さんとのデュエット。「マルガレットの唄」「セーヌの花」「失われた踊り場」「釣りができます」「サン・ヴァンサン通り」など、眞知子さんの唄は悲しいけれど、どこかクールなところがあり、淡々としていました。
一番最後に歌ってくれた「綱渡り」という曲が好きになりました。
ミレイユ・マチューの曲で、「あの綱渡りに恋しているけれど、いつか私のところに落ちてこないかしら」という内容で、ゆらゆらとした曲調が綱渡りのようです。
聖児さんからは「ひかりさんも、シャンソンを歌ったら?」と言われました。
色々な感情を乗せて歌えるから、すぐにうまくなるかも知れない…と優しい聖児さんです。
そのうち、どこかで歌い出すかも。「綱渡り」歌ってみたいな…。

