「この川はさ」
俺は、荒川を眺めながら、息を吐いた。 頬にあたる風が、心地よかった。
「五十歳を超えた川尻松子が、泣きながら見ていたこの川は・・・・・・」
笙と明日香の見た風 景 その1
亡くなった松子伯母の部屋の片付けに向かった日に
笙と明日香が見た北千住駅前~日ノ出町近辺の風景
会ったことのない伯母の部屋を片付けるために
降り立ったJR北千住駅東口
JR北千住駅東口のエスカレーターを降りると、
旭町商店街は目の前だった。
北千住駅東口から見た学園通りの旭町商店街
一ブロック向こうには、「学園通り」とかかれたアーチが通りをまたいでおり、
備え付けられた電光掲示板が、朝日新聞ニュースを伝えていた。
空腹の笙と明日香が立ち寄ったロッテリア<1> 写真右奥
明日香が指差した先には、「ロッテリア」があった。
空腹の笙と明日香が立ち寄ったロッテリア<2>
「なんか味のある町だね」フライドポテトを口にしながら、明日香が言った。
目は通りに向いている。
マエダ不動産のモデルとなった不動産屋正面
マエダ不動産は、「ロッテリア」から少し歩いたところにあった。
こぢんまりした建物で、木目長のサッシ戸の入り口には、
賃貸物件の紹介カードがびっしりと貼ってある。
日ノ出町の「ひかり荘」に向かう道すがら<1>
旭町商店街の学園通りを、駅と反対方向にひたすら進むと、
T字路にぶつかる。そこを左に折れ、定食屋や不動産屋、
銭湯やコインランドリーを横目に歩きつづけると、
住宅の建ち並ぶ一帯に出た。
日ノ出町の「ひかり荘」に向かう道すがら<2>
「たばこ屋」が左手に現れ、その手前の角を曲がった。
ひかり荘前の駐車場とひかり荘<1>
新築住宅の隣は、黒ずんだブロック塀に挟まれた、小さな駐車場だった。
ひかり荘前の駐車場とひかり荘<2>
ひかり荘は木造モルタルの二階建てで、各階四部屋ずつ。
壁もドアもくすんだベージュ色で、屋根は褐色のトタン屋根だった。
二階へは錆の浮いた鉄製の階段をのぼるのだが、
その角度は六十度くらいありそうで、見るからに危なっかしい。
生前の松子が土手で川を見ながら泣いていた、という
大倉の言葉に引っかかって、荒川に行ってみることにした笙
「野良猫、多いんだ、このあたり」
歩いているうちに、保育園を見つけた。
二階建ての白い園舎に、フェンスで囲まれた小さな運動場。
その運動場越しに、園舎よりも高い土手が見えた。
俺と明日香は、車が途絶えたのを見計らって、道を渡った。
渡ったところに、「飼い犬のフンは飼い主が始末しましょう」
という看板がある。
その左手に、灰色のペンキを塗った、鉄製の階段があった。
その階段をのぼると、アスファルトの道路が現れた。
(中略)
右手に石段を見つけた。
俺は、石段まで走った。
駆け上がった。
次の瞬間、目の前が一気にひらけた。
中断道路を越えたところの広大な緑地には、
野球やサッカーのグラウンドが整備されている。
そして緑地のさらに向こうに、荒川が静かに流れていた。
川の向こうには、二本の首都高速道路が、絡み合うようにうねっている。
(中略)
ちょうど真向いには、ひときわ威容を誇る建物が横たわっている。
左に目を向けると、荒川に架かる鉄橋を、電車が走ってくるところだった。
はるか右手、川の下流に目を移すと、こちらにも鉄道と車両用、
二本の橋が架かっていた。
身体の奥底から、哀しいような、嬉しいような、泣きたくなるような、
妙な気持ちが、こみあげてくる。
このとき、亡き松子伯母の心と、俺の心が、わずかではあるが、
共振していた。
龍洋一が聖書を読みながら座っていた石段(※川原側からの写真)
さっきまで、石段に座って本を読んでいた男性が、
首だけこちらに向けていた。
■■■おまけ■■■
学園通り商店街にあった割烹(?)
偶然でしょうか(笑)。
マエダ不動産(のモデルになった不動産屋さん)から
少し歩いたところにありました。
あと、日ノ出町だったと思いますが、
ひょいと覗いた路地の奥に立派な門構えの家があり、
そこには「川尻」さんという表札が掛かっていました。
そう思い込んで観察し始めたら可笑しなもので、
きっと気のせいなんでしょうが、「渡辺」さんという家も
多く目に付きました。
その他の登場人物の苗字、田所とか佐伯とか赤木とか
岡野とか小野寺とか島津とか沢村とか内田とか・・・、
そこまでは注意してみませんでしたが・・・。
実際にそうであるかどうかは推測でしかありませんが、
ひょっとしたら、著者の山田宗樹さんが取材している時に
見かけた表札から拝借しているかもしれない苗字が
他にもあるかも知れません・・・^^;
このブログに関して
小説「嫌われ松子の一生」にはたくさんの印象的な風景が描写されています。
望郷の思いで涙しながら松子が、
松子に会いたいと祈りながら龍が、
見知らぬまま逝った伯母の人生に思いを巡らせながら笙が、
それぞれ思いを胸に、彼らの目に映った荒川土手からの風景ってどんなものだろう?
荒川をほうふつさせるという筑後川の風景とは?
そんなことを考えていたら、北千住にカメラを持って出かけていました。
そして、いずれ大川市の筑後川にも・・・と。
もちろん、松子のストーリーが物語であることは解っています。
けれども、荒川の土手から河川敷を見下ろしていると、なんともやるせない気持ちが襲ってきました。
「この風景を見ながら、晩年の松子は帰れぬ故郷への思いを募らせ、戻れぬ過去の日々を思いながら涙していたんだ・・・」と。
けれど、それは物語の序盤に20歳の笙が感じたのとは少し違うかもしれません。
結局、笙にも龍にも沢村めぐみにも実態を知られることがないまま終わってしまった松子の最晩年、彼女がどんな毎日を過ごしていたのかは、作者と読者のみぞ知るところですから。
「もしもあの時、ああしていれば?」と選択しなかった別の道に思いをはせたり、「なんでこんなことになってしまったんだろう?」と戻りえない過ちの分岐路に立つ自分を想像してみたり・・・。
そんなことはいくら考えてもしかたがないことと知りつつ、誰しも一度ならず考えることがあるでしょう。
残りの人生の全てのモチベーションを失って自暴自棄になった松子が、これが夢なら早く覚めて、と願いながら何も出来ずに毎日を暮らしていたこの街・・・。
そんなことを考えながら帰路を辿り始めると、どこをどう歩いたのか千住旭公園に出ました。
歩きつかれた私は、暗くなったベンチに腰をおろしました。
松子が憤慨しながら名刺を捨ててしまった、あのベンチです。
足下を探しましたが、丸めて踏まれた名刺はやはり落ちていませんでした。
日が暮れて、昼間の暑さは嘘のように和らいでいました。
すこし冷んやりしてきた初夏の風を受けながら、私も自分の人生にあったあれこれを考え始めていたそのときのことでした。
ことり。
という優しい響きが聞こえたような気がしました。






















