あなた「犬千代、いつもありがとう」
幼なじみの犬千代は、いつも何かと私を助けてくれる兄のような存在だ。
犬千代「いい加減、守ってくれる旦那を見つけろよ」
あなた「それはそうだけど.....弟が店をまわせるようになるまでは結婚しないって決めてるから」
犬千代「ハイハイ」
あなた「もう、言い訳だと思ってるでしょ!私、ほんとに.....」
そこでふと、犬千代の荷物がやけに多いことに気づく。
(また.....戦に行くんだ......)
戦があれば、身分に関わらず領民は兵隊として赴かなければならないのが世の常。わかってはいるものの、毎度寂しい気持ちに襲われる。
あなた「今度はどれくらいで帰ってこれるの?」
犬千代「お前は自分の心配だけしてろ。すぐ戻る」
犬千代は弥彦の頭をくしゃっと撫でて去っていった。その背中を見送っていると、弥彦が小さく呟く。
弥彦「早く犬千代兄ちゃんみたいに強くなりたいな。姉ちゃんのこと、完璧に守れるような男に......」
あなた「弥彦にまだお礼を言ってなかったね。かっこいい蹴りで姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
弥彦「べつに.....たいしたことはしてねえよ」
弥彦が恥ずかしそうに目を伏せた時、町の人たちの会話が耳に飛び込んでくる。
町人「今度の戦はかなり荒れるらしいぞ」
(.....え!?)
思わず犬千代が去っていった方に目をやる。ところが、もう往来に犬千代の姿を見つけることはできなかった。
(どうか、無事で......)
弥彦「姉ちゃん、寂しいんだろ」
弥彦はいたずらな笑みを浮かべて言った。
あなた「まさか。さ、早く店に戻るよ」
(私にはお父さんがくれたお守りもあるし、いざとなったら、犬千代もお母さんも弥彦のことも、守ってくれるはず)
弥彦を連れて店に向かいながら、私は父がくれたかんざしにそっと触れるのだった。

店に戻ると、ひとりで忙しく店をまわしていた母が、ほっとしたように声をあげる。
母「あんた、一体全体どうしてこんな遅くなったんだい!?」
あなた「ごめんねお母さん、いろいろとあって」
母「まずは座敷のお客さんの料理の注文とってきておくれ」
あなた「うん、わかった!」
私は手早く着物の袖をたすき掛けに留め、前掛けをつけて座敷のほうへ向かう。するとその途中、隅でひとり酒をちびちびと飲むお客さんが目に入った。
(よく来てくれるお客さんだ.....)
その常連さんは眼帯をした美男子で、どこか目を引くところがある。
あなた「いつもありがとうございます」
声をかけるも常連さんは静かに頷くのみで、またとっくりからおちょこに酒を注ぎだす。
(お邪魔だったかな?)
お辞儀をしてその場を去ろうとしたその時、背後から突然、怒号が響いてくる。
チンピラ1「おいおい、料理に虫が入ってるぞ!」
(えっ!?)
振り返ると、チンピラ3人組がそれぞれに皿を持ち上げている。
チンピラ2「おっと、こっちの料理にはごみ屑だ」
チンピラ3「酒にも虫が入っている。どういうことだぁ!?」
(そんなわけない.....)
慌てて向かおうとするも、先に彼らのもとに駆けつけたのは弥彦だった。
弥彦「虫が入った料理なんか出してない!言いがかりはやめろ」
チンピラ1「なんだとぉ、子供は引っ込んでろ!」
弥彦はチンピラに張り飛ばされ、壁に体をぶつける。
あなた「!」
チンピラ2「こんな店潰れちまえ!」
チンピラは店の椅子を持ち上げ、床に叩きつけようとする。
あなた「やめてください!」
急いで止めに入ったが、すぐに突き飛ばされてしまった。
(......痛い)
ぶつけた背中に激痛が襲うも、次の瞬間、そんな痛みなど忘れるほどの衝撃が走る。
(か、かんざしが.....)
壁に背中を打ちつけた拍子に、大切なかんざしが折れてしまっていたのだ。
壊れたかんざしは、チンピラの足元へつつつ、と転がっていく。
チンピラ3「何だこのゴミは」
そう言って、チンピラはかんざしを踏みつけさらに壊そうとする。
あなた「やめて!」
すがりつく私の胸ぐらを掴み、腕を振り上げるチンピラ。
(殴られるっ!)
覚悟した瞬間、他のチンピラ2人が、どういうわけか同時にうめき声をあげて膝をついた。
(え!?)
目の前の状況に唖然としていると、横で眼帯の常連さんが刀をおさめながら小さく呟く。
眼帯の男「うるさい.....」
倒れこむチンピラは痛がっているが、血は流していない。
(峰打ち.....?常連さんって一体....?)
店内が水を打ったように静まり返るなか、眼帯の常連さんは残る1人のチンピラに向き直る。
眼帯の男「......」
チンピラは震える手で刀を抜くも、相手の無言の迫力に負けたのか、闘う前にその場を逃げ出した。そして逃げる途中、廊下で倒れていた私に刀を振り上げてくる。
チンピラ3「どけぇ!」
その時、入口から入ってきた男が私の後ろから手をのばすとチンピラの手を掴む。
チンピラ3「いててて.......!」
手首を強く握られ、チンピラは刀を床に落とした。突然現れた男の顔を見上げるが、その男はどうやら、やっつけたチンピラになど興味はない様子。ただ真っ直ぐに眼帯の常連さんの方を見つめているのだ。
赤い着物の男「騒がしいと思えば、独眼竜が騒いでいたか」
(独眼竜.....?)
男は眼帯の常連さんを見つけ、なぜか目を輝かせている。
客「おい、独眼竜って、奥州の伊達政宗の事じゃないか...?」
伊達政宗?「.....真田が何用だ」
(お友だち、なのかな?)
と、次の瞬間、男はチンピラを軽々と常連さんに向けて投げつける。
真田?「いざ勝負!」
飛んできたチンピラを、常連さんは峰打ちで打ち落とす。
(え......?)
2人はどうやら、『お友だち』ではなかったようだ。彼らの間で呻き転がるチンピラを気にも留めず、2人はじっと睨みあう。
(決闘が始まるの!?)
伊達政宗?「得物は」
真田?「いらん」
そういって、男は手のひらをこぶしで打つ。武器を使わずとも闘えると言われたのが癇に障ったのか、眼帯の常連さんはムッとしたように刀を返す。
(まずい.....このままじゃお店が壊されてしまう!)
あなた「お止めください!」
私は咄嗟に男の腕にしがみついた。
真田?「!?な、何をする.....」
あなた「この店を守るのは私の使命なんです!」
真田?「......っ」
男は思いのほか動揺し、頬を染める。気づくと、眼帯の常連さんの姿はもうそこにはなかった。私は掴んでいた手を離し、小さく一礼する。
あなた「失礼をして申し訳ありません。私の身を助けてくださったというのに」
真田?「いや、こちらこそすまん....勝手に店に入っ.....たりして......」
男は視線を泳がせぶっきらぼうに謝る。そうしてようやく店内に平穏が戻った。
あなた「お騒がせしてすみませんでした」
お客さんに謝りながら荒れた店の片づけを始めると、馴染客が手伝ってくれる。私はバラバラに壊れてしまったかんざしに目をやる。
あなた「......」
たまらない思いで、一つ、また一つとかんざしの欠片を拾い集めていくも、飾り部分の一部が見つからない。懸命に床の上を探していると、先ほどの男が声をかけてくる。
真田?「もしかして.....これか?」
そういって差し出したのは、まさに探していた部分だった。
あなた「ありがとうございます.....」
両手で受け取りお礼を言うと、照れくさそうに目をそらす。
真田?「壊れちまった...みたいだな」
ぶっきらぼうにそう言うと、男は足早に去っていった。私は手のひらの上で壊れたかんざしを元の形どおりに並べてみた。すべての欠片が揃ったものの、見るも無残なその姿に胸がしめつけられる。
客「おまえさん、それおやじさんが祭りで買ってくれたやつなんだろう?」
馴染客に言われ、思わず涙がこみあげてくる。
あなた「.....すみません」
涙を見せまいと、私は廊下を駆けだした。
弥彦「姉ちゃん.....!」
母「待ちな、弥彦」
家族の思いを背に感じながら、私は店を飛び出したのだった。
あなた「お父さん.....」
壊れたかんざしを握りしめ、肩を震わせて泣く。
(お守りが、壊れちゃった)
次から次へと、涙がこぼれ落ちていく。
あなた「ああ.....なんでこんなことに....」
こらえていた想いが溢れだし、私はいつしか声をあげて泣いていた。すると、
??「うるさいぞ」
(えっ!)
河原の草むらの中から突然、低い声が響いてきた。
(誰もいないと思ったのに......)
??「昼寝もできないではないか」
草むらからラフな着物姿の男が起き上がる。
あなた「!」
(あれ、この人.....信長様!?で、でもこんなところにいるはずが...)
織田信長?「.....なんだ、それが壊れて泣いているのか?情けないやつめ」
(情けない....?)
織田信長?「泣く体力があったら、自分の力でどうにかしろ」
容赦ない言葉に涙も引っ込む。
(.....自分のちからで......)
その時、遠くから私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
母「おーい!」
見ると、通りから河原へ降りる石段の辺りで母が手招きをしている。私は母のもとへ向かう前に、確認しておきたいことがあった。
あなた「あの、もしかして....織田信長様、ですか?」
男は面倒くさそうに眉をしかめそっぽを向く。
織田信長?「勘違いだろう。さっさと行け」
(すごく似てるんだけどな......)
不思議に思いつつ母のもとへ駆けつけると、母は息を切らせながら言う。
母「大変なんだよ。さっきのチンピラを連れて、奉行が店にやってきてね」
(奉行ってもしかして......)
店に戻り、母の言っていた奉行というのが、やはり私につきまとっていたあの奉行だったと知る。
奉行「料理に虫が入っていたと申告しただけでこんな仕打ちを受けるとは....この店はどれだけ横暴なんだ?」
そういうと、奉行は大げさに包帯を巻かれたチンピラたちを前へ突きだす。どうやら先ほどうちの店で暴れたチンピラたちは、この奉行の手下だったらしい。
あなた「違います。それは.....」
奉行「私は領主からこの地を守れと仰せつかっているんだ、奉行という責務をなんとしても全うしなければならない。こんな乱暴な店は....今後一切の商いを停止するのが妥当な処分でござろう」
あなた「え......」
奉行「....だが今回は特別に、私の部下の仕事をこの糞ガ....坊主が肩代わりするならば、不問にしてやるでござる」
あなた「弥彦に、何を......」
奉行「ある武将のそばで、ただ美味しいものを食べるだけの簡単なお仕事でござるよ」
そういって、奉行はニヤリと笑う。
(毒味役だ.....)

秀吉?「女の子なんだから毒味とかしちゃだめだよ!ほんっとに危ない時あるんだから」

あなた「そんな危険な仕事、弟にはさせられません!」
奉行「なら、この店を商い停止にするまでだな」
弥彦「姉ちゃん!俺、その仕事やるよ!それをすれば、うちの店は商いを続けられるんだろう?」
あなた「弥彦....」
弥彦「犬千代兄ちゃんがいない今、店と母ちゃん、姉ちゃんを守るのは俺しかいないからな!」
そういって、弥彦は契り書に血判を押してしまう。
母「ああ、弥彦.....」
すべてを悟った母は、弥彦を思い泣き崩れる。
母「母ちゃん、何を大げさな。しばしの別れだ。たいしたことではないさ」
カッコつけた口調で言いながらも、弥彦の足は小刻みに震えている。
(こんな時、お父さんがいてくれたら....)
かんざしの無くなった結髪を触り、ふと、先ほどの言葉を思い出す。

織田信長?「泣く体力があったら、自分の力でどうにかしろ」

(自分の力で.....そうだ。襲ってきた困難を嘆いているだけじゃ駄目なんだ.....自分で切り抜けなきゃ)

一睡もできないまま、翌朝を迎えた。隣で泣きつかれて眠る、弥彦の布団を掛け直す。
(自らの力で.....切り抜けるしかない)
意を決した私は、身体にさらしを巻き、鏡の前に立つ。
あなた「.....」
(これで大丈夫)
私は男装をし、ひっそりと店を出て行くのだった。荷車は、生まれ育った町を離れていく。遠のいていく京の町を眺めながら、私はあの武将のもとへ向かう。