いくら他人に無関心だろうと、合理的だと言われようと、面倒が嫌いだろうと、それでも芸能界にいる為のそれなりのルールやしがらみは理解している。
そう、例えば今近くに事務所の先輩がいればちゃんと挨拶をするぐらいの常識は持ち合わせてはいる。
それが、次に出演する事が決まっているドラマの主演であれば尚更な事。
ただそれだけだった。
「おはようございます。敦賀さん」
「・・・・・・・ああ、おはよう。琴南さん。君もTBMで仕事?」
「ええ、ちょっとラブミー部の方の仕事ですが」
まだまだ演技の仕事以外をやらなければならない自分の境遇に腹は立つけど。
おそらく目の前のこの男はスケジュールがびっしりなのよね。その内私もそうなってみせるんだから。
目の前の男・・・・敦賀蓮とは、同じ事務所の先輩後輩というのに加えて、以前ドラマで共演した事があった。
確かに実力は認めているけど、共演した他の女性の様に目をハートにするなんて寒い行為はみじんも無い。
まあ、「紳士」という代名詞が表向きなものではないのは判ったけど。
自分にとってはバカな共演者よりは演技に集中できる環境になるのがありがたいぐらいだった。
「ドラマではまたお世話になります」
「こちらこそ。クランクアップまでもう少しだね」
「そうですね・・・・」
「・・・・そういえば、琴南さんと同じラブミー部の最上さんも今回ゲスト出演するらしいね」
ふと思い出した様に言われた蓮の言葉に奏江は思わず顔をしかめた。
その表情に蓮はおや?という顔をした。
「ええ、オーディションを受けて。」
「なんか、あまり喜んでいないみたいだね」
「いえ・・・・今のは一瞬昨晩の事を思い出してしまって・・・」
「昨晩?」
続けられた質問に一瞬こここまで話すのはどうかと思ったが、特に隠す事ではないとすぐに考えるのが面倒になった。
「今あの子仕事で沖縄に行っているんですが、電話やら画像付きのメールやらが頻繁に来ていて・・・昨晩も思わず1時間も電話するという無駄な時間を過ごしてしまって・・・」
ついつい話をダラダラしてしまった自分が恨めしい。
この自分が時間とお金がロスにしかならない行為をしてしまうなんて・・・・
思い出して腹立たしさについ舌打ちをしたい衝動に駆られるが、さすがに思いとどまった。
そんな奏江を蓮はクスクスと微笑みながら
「・・・仲がいいんだね」
「あ、いえ、別に・・・・」
本当に先輩として後輩が微笑ましいという感じで微笑まれると、なるほど確かに数多の共演者たちからの評判の良さはごもっともと思えてしまう。
「蓮、そろそろ行かないと・・・・」
いつの間に来ていたのかマネージャーの社に促されて、蓮は挨拶の後立ち去って行った。
その後ろ姿を軽く一瞥しながら、奏江も仕事へと向かった。
パタンと控室のドアが閉まったと同時に、社は溜息をついた。
「……お前、そのオンとオフとの切り替え心臓に悪いからやめてくれ」
「・・・・・・・なんの事ですか」
目の前には先ほど奏江に接していた時とは一転別人の様に黒いオーラをまき散らす男の姿。
「・・・・俺は昨日キョーコから電話なかったのに」
「それは昨日お前がてっぺん超えるって知っていたからだろ」
「昨日どころか、キョーコは基本自分からかけてきてくれないのに」
「キョーコちゃんがかける前にお前が掛けているからな」
「メールも写真も・・・」
「お前がメールよりも声が聞きたいって言ったんだろ」
なんだかこのやり取りもいい加減慣れて来てしまい、社は溜息をつきながらそういえば・・・・と思考を切り替えた。
「そんな事よりも」
「そんな事って・・・・」
「琴南さんはお前たちの事知らないんだな」
社の言葉に、蓮は一瞬固まった。
確かに、奏江とキョーコの仲の良さはよく聞き知っている。
今は世間には隠さなければならない関係だが、キョーコとしても本音では奏江にまで隠し事をしているのは気分のいいものではないだろう。
「そう・・・ですね。ドラマの撮影も始まりますし、キョーコにその話はしてみます」
「そうしろよ。多分キョーコちゃんの事だがら、勝手に話すのに躊躇していると思うし」
「ええ」
社の気づかいに、蓮も少し気持ちが軽くなった。
そう思えば、今日は少し早めに上がれそうだからキョーコとゆっくり電話をしようと前向きになってくる。
やっと通常運転の「敦賀蓮」に戻り、社もほっとして二人して控室を出た時だった。
「敦賀君!ひさしぶりだね。社さんも」
「貴島君、久しぶり」
声をかけてきたのは、俳優の貴島秀人だった。
蓮とは何度か共演していて、比較的親しい部類に入る人間なだけに先方も歩幅を合わせて話かけてきた。
「いや、実は昨日まで沖縄に行っていてさ」
「・・・・・・・え?」
タイムリーな地名に、思わず足を止めて貴島を凝視する。
その蓮の態度に気づかずに貴島は思い出した様に笑い声をたてた。
「いや~、君の所の社長に会ったよ。すごいね。沖縄で中国雑技団見ちゃったよ。ホント相変わらずぶっとんでるね~」
・・・・・・・社長、まだ沖縄にいたのか。
すっかり忘れていた存在に、忘れかけていた恨みつらみが湧き上がるが、表向きは出さずに苦笑するにとどめた。
「そういえば、沖縄で仕事関係の人と会うって言っていたな」
「え!?あれ休暇じゃなくて、仕事なの!?」
「仕事も全力で遊ぶ様な人だからね。貴島君はロケ?」
「うん、CMの撮影・・・・あ、俺今回初共演者がいてさ」
「へえ、誰?」
なんとなく話の流れ上聞いただけだったが、貴島の口から出てきな名前に蓮は再び足を止めてしまった。
「不破尚だよ。あのミュージシャンの。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「同じ芸能界でもジャンル違うと全然合わないもんな。なんか年下だけどクールというか、結構面白い体験だったよ・・・・って敦賀君?」
首をかしげる貴島に蓮もハッと我に返り、何食わぬ顔で歩みを初めた。
それに合わせて貴島も一緒に歩き出す。
「あ・・・・・いや・・・そうなんだ・・・・確かに俺もあまり共演する事ないかな」
「だよねー。まあ、不破はこの後沖縄でライブがあるとかで、撮影の後全く別行動になっちゃってさ。全然話せなかったんだけどね」
「そうなんだ、残念だったね」
「ま、ヤロー仲良くなるよりはかわいい女の子と仲良くなった方が有意義だけどね~」
「貴島くんらしいな」
お互いにこやかにそんな軽口をたたきながら、スタジオに入る所で挨拶を交わして別れた。
黙って後ろをついて来ていた社は、正直一緒に別れたかったが・・・・流石にそうはいかず、恐る恐る蓮に近寄り・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・社さん」
「ハイ」
「明日って何時からでしたっけ?」
「は?」
思わず顔をあげて悲鳴を上げなかった自分を称賛したい。
闇の蓮さん再び降臨ー・・・・・ッ!!
「明日は夕方からでしたよね?」
「いや、明日は11時に雑誌の・・・」
「夕方からでしたよね?」
「いや、とういか、不破が一体キョーコちゃんとどう・・・」
「口にもしたくありません」
その蓮の態度に、以前聞いたキョーコと蓮のなれそめを思い出した。
「あ、もしかして・・・」
「聞きたくもありません。それより明日・・・」
「だから午後一にも打ち合わせが・・・・」
「社さん?」
誰だ此奴を芸能界一の紳士だと称したのは!
「・・・・・・・・・・・・・・・さ、15時からだった・・かな・・・・」
降参
そんな言葉を背景に掲げながら、優秀なマネージャーは涙目で手帳と携帯電話を取り出すのだった。
『キョーコ、この後ディーンの部屋でポーカーをやるんだが、一緒にどうだ?』
『すみません、ちょっとやる事があるので遠慮させてもらいます』
今日はみんなでディナーに出かけて、ホテルに戻った後のジョーの誘いにキョーコは申し訳なさを出しながらも断りの言葉を入れた。
お酒の入るポーカーに水を差す気もなかったし、そういう気分では無いのも確かだった。
『そうか、残念だが・・・・もしかし先日の彼に会うのか?』
「は?」
ジョーの言葉の意味が判らなく、キョーコはキョトンとするが、すぐにその単語を差す人物に思い至った。
『まさか!タイムイズマネーです!1秒どころか1一瞬でも奴に使う時間はありません!』
思わず反射的に叫びながらも
先日の彼・・・・ショータローの事が思い起こされる。
どうもこの業界では守秘義務の高さからもご用達であるらしいこのホテルに、あの忌まわしい男が泊まっている事を知ってしまった。
聞いたところでは、ライブがあるらしくそのリハも含めての宿泊らしい。
まったくいいご身分だ事。
あの時は周囲に人がいた事もあり碌に会話もしていないが・・・というかする気もないけど
『そうなのか・・・いや、どうも親しい空気があったから・・・・』
『いえ・・・・一時同じ空間に同じ時間にいただけの人ですから』
心底いやそうな顔をするキョーコにジョーも少し安心した様な顔になった。
『そうか・・・そうだな、キョーコにはラブラブなダーリンがいるんだったしな!』
『・・・・あの、その表現はちょっと・・・・』
『なぜだ?愛する人にはしっかり愛を伝えなければ・・・・後悔してからでは遅い』
『・・・・・・・・』
反射的に何か言いかけ・・・・ジョーの真摯なまなざしに、それ以上は何も言う事が出来なかった。
ホテルの裏手にあるビーチはプライベートビーチになっていて、それも特定の会員しか足を踏み入れられないセキュリティの徹底ぶりだった。
まるで人魚姫が出てきそうな美しいビーチは初日からキョーコのお気に入りで、早朝や夜に散歩をするのが日課だった。
さざ波の音を聞きながら、携帯を取り出す。
今日は敦賀さん早めに終わるって言っていたし、そろそろ電話して大丈夫かな
このビーチを散歩しながらいつも思っていた。
ここを蓮と歩けたらいいのに・・・と。
身体だけの関係から恋人になって、未だ気恥ずかしさもあってなかなか恋人として接する事が出来ていない。
蓮は明らかに以前と比べて言葉にも態度にも表してくれるのに。
蓮は明らかにキョーコにそれを望んでいるのに。
『愛する人にはしっかり愛を伝えなければ』
言って・・・・みようか・・・・
この願いを・・・・・・
大丈夫
いつだってあの人は私を受け入れてくれたじゃない
思わず微笑みが浮かんで、携帯のリダイヤルを押そうとした時
「・・・・・・ッ!」
腕に感じた痛みと衝撃
思わず振り返り、目を見開いた。
「な・・・・ッ!ショータロー・・・・ッ!」
「おまえ・・・・・・ッ!」
焦った様な、怒った様な、そんな表情を浮かべながらショータローがそこにいた。
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