空港内に響くアナウンスと、独特の雰囲気がこれから異国の地へ旅立とうとする高ぶった気持ちを煽ってくれる。
映画の撮影は順調で残りの部分はアメリカロケになる為、今まさに日本を飛び立とうとする所だった。
出発を待つロビーで、ワクワクしてキョーコは意味もなく手持ちのカバンを握ったり開いたりしていた。
「最上さん、少し落ち着いて」
「あ、すみませんっ、何だか興奮してしまって。アメリカなんて初めてですし!」
慌てるキョーコが微笑ましくて、といくか可愛くて、蓮もとろけそうな微笑みを向けていた。
「これから飛行機に何時間も乗るんだから、今からそれじゃあ気力が持たないよ?」
「あ、そうですよね、すみません・・・・」
「謝る事じゃないだろ?気持ちはわかるしね。」
クスっと笑う蓮にキョーコも照れたようにはにかむ。
その顔が可愛くて、蓮が思わず手を出しかけた時
「キョーコ、向こうに着いたらお勧めのお店に連れていくよ。どこかリクエストある?」
絶対にわざとだろ!というタイミングで二人の間に入ってきた男に蓮は思いっきり嫌な顔をした。
「レイン、必要無いよ。最上さんは俺が案内するから」
「へえ?レンはキョーコを案内出来るほどハリウッドに詳しいんだ?」
「過去に行った事があるし、今の世の中調べる手段なんていくらでもあるしね。」
「観光客向けのお店よりも地元お勧めのお店がいいだろ?キョーコ」
「え・・・・ええっと・・・」
お鉢が回ってきたことで、それまでオロオロしていたキョーコは思いっきりうろたえた。
ちらりと蓮の方を見れば、あきらかに不機嫌そうな顔で・・・これは首を縦に振ろうものなら後後どんなお仕置きをされるか・・・・・!
【男の人と二人きりで食事に行かない】
これはあの日から蓮に約束させられている項目の一つだった。
「あの・・・皆さんで行くのであれば・・・・」
精一杯の譲歩はレインの深い溜息で一蹴されてしまった。
「キョーコ、まだ正式な恋人でも無いのに、束縛の強い男にはうんざりしないか?あれもダメこれもダメと、キョーコも何か条件を言った方がいいよ」
「何か条件・・ですか・・・」
と言われましても・・・・と首をかしげるキョーコの肩を蓮が自分の方へ引き寄せてレインから距離を取らせる。
「余計な御世話だ。これは俺と彼女の問題なんだから、部外者が口をはさむな」
「部外者ね。俺はまだ諦めていないけど?」
「しつこい男こそ嫌われるのは世界共通だぞ」
「レンにその台詞を言われたくないな」
キョーコを挟んでバチバチと火花が散る幻覚が見えそうな二人は最近では名物と化してしまい、その二人を遠目に見ていた社とクーは思わず顔を見合せた。
最近ではすっかり打ち解けてしまったこの二人だが、目下の話題はいつも同じ疑問だった。
「・・・・・・社君、本当にあの二人はまだ付き合っていないのかね?」
「・・・・・・・・・・・自分も自信が無いんですが、そのようです」
「・・・・・・・・だが、敦賀君はキョーコをレインから奪い返して、ちゃんと告白もしたんだろう?」
「・・・・・・・・はい、その上キョーコちゃんも蓮が好きだと判明したらしいです」
「なら!」
言葉に力を込めるクーに何故か社は自分が悪いみたいな罪悪感を持ってしまう。
それこそ、ここ最近クーと社との間で何回も繰り返している会話なのだが・・・。
「蓮いわく、キョーコちゃんが恋愛をするのをまだためらっていて、少しづつ経験を積んでいる途中らしいです」
「・・・・・・・・よくわからないのだが」
「すみません、自分もよくわかりません」
社も、キョーコちゃんを奪い返した上に、ちゃんと告白もして、キョーコちゃんも蓮が好きで、これでめでたく恋人同士!・・・・とはしゃいでみたのだが、そもそも今回の騒動のきっかけがキョーコが「蓮を好きでいる為に他の人と付き合う」などと、紆余曲折過ぎるラブミー部的思考から来ていたりする。
これでスムーズに恋人同士になるのなら、最初からそんな思考には陥っていない訳で。
かといって蓮としてはその為に他の男と付き合うなんてトンデモない話だ。
恋人という関係に嵌るのをためらい、怖がるキョーコをなだめすかして、口八丁で言いくるめて、現状は「恋人予備軍」というか「友人より上恋人未満」というか、とにかくハッキリしない関係にはなっている。
それでも「恋の経験は自分としか出来ない」という蓮の言葉は効いているらしく、キョーコは蓮との事を前向きに考えていて、蓮が「待っている」状態だ。
そしてただ「待っている」のでは無いのが蓮らしい所で、キョーコに「男と二人で食事に行かない」とか「他の男からのアプローチはハッキリ断る」とか「1日1回は電話をする」とか「出来る限り一緒に食事をする」とか・・・蓮曰く「恋人になる為の恋の経験の為」に、まあ・・・・色々約束を取り付けていたりもする。
キョーコも「待たせている」負い目からその辺りを真正直に実行しているのだが・・・
「それは恋人と言わないのか?」
「・・・・・ですから、自信がないと・・・・」
正直言うと、蓮はそのうちなし崩し的にキョーコに手を出すのでは無いかと危惧してもいるのだが、まあ・・・キョーコが本気で嫌がる事はしないだろうとは思っているから、それはなんだかんだとキョーコが受け入れる時なのだろうとみている。
「キョーコ、アメリカではクーの家に遊びに行くんだって?」
「はい!先生が奥様を紹介してくれるんです!!」
社とクーがこそこそと話している間、蓮とキョーコとレインの話題はいつの間にかアメリカでの予定に移っていた。
かねてからの約束どおりクーはジュリに「もう一人の久遠」を会わせるつもりで既に予定を組んでいた。
嬉しそうに話すキョーコに蓮は複雑そうな表情だ。
そんな蓮の様子を見て、レインはニヤリと笑った。
「キョーコ、久遠には?会わないのか?」
「「え」」
思いがけない言葉に蓮とキョーコは違う意味で声をあげた。
「この間興味を持っていただろ?せっかくだから会えばいいんじゃないか」
「え・・・・でも・・・・」
クーに久遠の話はあまり聞かない方がいいと思っていたキョーコは戸惑った。
もしかしたらすでに亡くなっているのかも・・・とさえ一時は思っていたのだ。
「まあ、俺は顔を知っているぐらいだから、紹介は出来ないけどね。あまりいい奴でも無かったし」
あけすけなレインの言葉にキョーコはポカンとした。
いい奴じゃなかったって・・・そんな、ハッキリと・・・・
あまりの台詞に隣で蓮の顔が強張ったのは気付かなかった。
「この間も言っただろ?普通に現場で会って挨拶しても全然無視。誰だコイツって顔で見てくるんだよ。何度もオーディション会場で会っているのにさ。酷いと思わないか?」
「それは・・・そうですね・・・」
同意するキョーコに、蓮はマズイ空気を感じて焦った。
「最上さ・・・」
「成長するにつれて結構ヤンチャしていたみたいだけどね。ちょっかいを出してボコボコに返り討ちにされたってヤツの話も聞いたことあるし。キョーコはあまり近付かない方がいいかもね」
「え・・・そうなんですか・・・?」
クーに聞いた話とはあまりにも違う久遠像にキョーコはひたすら戸惑った。
まあ、親バカのクーの事だから、もしかしたらはしょった部分もあったのかもしれないけど・・・
ちょっとショック・・・かも・・・
蓮は蓮で一体何を余計な事を言うんだ!とレインを睨みつけたい衝動と戦っていた。
確かに自業自得な事だけど、それは自分の口から言いたい事だった・・・と、レインを見ると、その口元がニヤリと笑ったのに気付いた。
その表情に、蓮は「まさか・・・」と目を見張った。
「まあ、それはクーに聞けばいいよ。ところでキョーコ。さっきキョーコも蓮に何か条件を出した方がいいって言っただろ?」
「え・・・・ええ・・・」
いきなり変わった話にキョーコは訳がわからず、取り敢えず頷いた。
蓮がキョーコに色々条件をつけているから、キョーコも何か蓮に条件を付けた方がいいと・・・確かに言っていたけど。正直、自分が待たせいる状況なだけに何も思いつかなかった。
「やっぱりさ、恋人の条件としては隠し事ってよくないと思うんだよ。」
「隠し事・・・ですか?」
「うん、浮気とか、気持ちが冷めたとか、隠し事をお互いしていると為にならないだろ?」
「確かにそうですね」
言われてみて、確かにもし敦賀さんの気持ちが冷めてしまったら、その時はちゃんと言って欲しいと思った。もし、そのまま隠されていて他に好きな人とか二股とかされたらきっともう立ち直れない。
アイツみたく、本心を隠したまま騙されるのは二度と嫌・・・・・
「敦賀さん!」
目の前で繰り広げられていた会話に固まっていた蓮は、キョーコが自分の方を真っ直ぐ見てくる視線にたじろいだ。
今までの会話からとてつもなく嫌な予感がする
「な・・・にかな・・・・」
「私からの条件は隠し事をしない!でお願いします」
「キョーコ、その条件を守ってもらえなかったら別れるって言っておきなよ」
ハッキリと言われた条件と、顔に思いっきり「ざまあみろ」と書いてあるレインを見比べて、蓮は必死で眩暈と戦っていた。
何はともあれ、これからのアメリカでの滞在中に彼女への隠し事を全て無くしてしまわなければいけなくなった訳だが、逆にいえばその条件さえクリアしてしまえば晴れて恋人同士になるわけで・・・
ただ、その前にはやはり難問が立ちふさがっていて
その解決の為にひたすら頭を悩ませる事になろうとも
とはいえ全ては彼女を手に入れる為と思えば・・・きっと戦えると思う。