前期の定期考査も終わり、各科の成績優秀者が貼りだされた。
その中にはキョーコの名前もしっかりと上位にあり、特待生の身としては取り敢えずは胸をなでおろした。
「キョーコちゃんすごいね~」
「社さんが色々教えてくれたおかげです。ありがとうございます」
「あはは・・・まあ、ほとんど蓮が付きっきりだったけどね」
「・・・・・」
掲示板の前で社と奏江とキョーコはそれぞれの試験結果を確認していた。
成績優秀者と共に、追試者の発表もあるが、どうやらそちらには全員無縁のようだ。
「奏江の名前はどっちにも無いな・・・・。追試を免れたのは当然だけど・・・一つぐらい名前があってもいいんじゃない?俺、あんなに教えたのに・・」
「追試じゃないならいいじゃない。単位は一つも落としていないでしょ」
「奏江は本当に興味の無い事は、必要最低限しかやらないよな~」
横で微笑ましく会話をする二人を横目に、キョーコもクスクス笑ってしまう。
「すみません、お待たせしました。」
「じゃあ、行こうか。お腹すいたな~」
事務局に行っていた蓮が戻ってきて、4人は学食へ足をすすめた。
いつの間にか蓮と社、キョーコと奏江はお昼を一緒にとるのが日常となっていた。
社と奏江が恋人同士の事や、蓮がキョーコに会いたがる事や、奏江とキョーコが友人の事などの関係を見れば自然と一緒にいる事も増えてきたりもする。
その流れで、試験期間には蓮のマンションで4人で試験勉強をしたりもした。
相変わらずキョーコに甘い言葉を吐き続ける蓮に、最初の方こそ社も奏江も砂を吐いてげんなりとしていたが、最近では全く気にならず聞き流している。慣れとは怖いものである。
そんな日々を過ごしていても、蓮は連日キョーコに会いに行き続けたが、試験もあったのでキョーコとの仲は全く進展していないのが現状だったりする・・・。
「試験も終わったし、やっと夏休みだね~。キョーコちゃんは?実家に帰るの?」
本日のお勧め定食をつつきながら、社が無邪気に聞いてくるのにキョーコは思わず箸をとめた。
自分が一人暮らしなのは既に知らせていたが、それ以上の事は言っていなかった。
「いえ・・・・私実家は無いんです。母子家庭なんですけど、母は私より先に家を出て都心に住んでいるらしいんですが、ワーカーホリックなのでほとんど家にいないみたいで・・・」
「そうなんだ・・・・・ん?じゃあ、「どこ」から先に出たの?お母さん」
社の素朴な疑問に、キョーコは言葉に詰まった。
「え・・・・と・・・・母の実家から・・・・」
「・・・・・・・・そうなんだ。蓮は?実家に帰るのか?」
「帰る訳ないじゃないですか、最上さんに会えなくなります」
「だよな~・・・でも、寂しがるんじゃないか?こっちまでトバッチリは御免だからな」
「それは・・・・」
キョーコが言いづらそうな様子から話を変えてくれた社と、それに乗ってくれた蓮に心の中で感謝しつつキョーコは息を吐いた。
・・・・・敦賀さんに・・・言っておくべきなのかしら・・・
自然に心に浮かんだ考えに、ハッとした。
何を考えているのよ!私ったら!!関係ないじゃない!!
それに・・・・正直・・・怖いし・・・
先日の「キスが初めてではない」とうっかり漏らした時の蓮の反応を思い出して、思わず身震いをした。
いえ・・・・でも・・・・
「じゃあ夏祭りにするか。花火もあるみたいだし」
「いいですね。最上さんの浴衣姿楽しみだな」
「奏江も着てね」
「・・・・・・着方なんて判らないわよ・・」
キョーコが脳内でグルグルしている内にいつの間にか決まっていた決定に気付いたのは・・・詳細の全てが決まった後だった。
「最上さん、試験の成績すごいよかったね。」
「・・・・・・はい。敦賀さんが試験対策を色々教えてくれたおかげです。ありがとうございます」
社と奏江と別れて、キョーコがバイト先へ向かうのを蓮は送り届けるという名目で一緒に歩いていた。
「御礼なら、お願いがあるんだけど」
ニッコリと微笑む蓮の表情にキョーコは最早嫌な予感しかしない。
私のバカ~!!うかつにこの人に御礼なんか言っちゃだめじゃない!!!
「聞いてもらえるよね?」
・・・・・・否定権は無いんでしょうか・・・・
あの日以降開き直っているのか、敦賀さんは時々とっても押しが強い・・・・いや、元々強かった所もあるけど・・・
・・・・・・こうなると諦めるしかない。
「・・・・・・聞くだけなら・・・・・・」
「君の名前を呼びたいんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「名前で呼んでいい?」
予想外なお願いに、キョーコは胸をなでおろした。
「社さんも呼んでいるじゃないでか。別にいいです・・」
「呼び捨てで呼びたいんだ、キョーコって」
『だから私をキョーコって呼んでいいのはショーちゃんだけにするね』
過去の自分の言葉がよみがえる。
あの頃は特別な響きをもつ言葉だったのに・・・
幼くて無知で愚かだった・・・自分。
「いいですよ。好きに呼んでください」
振り切るように強い口調でいえば、一瞬敦賀さんは怪訝な顔をしたけど、すぐに笑顔になった。
「キョーコ」
それが自分の名前を呼ばれているのだと、一瞬判らなかった。
「キョーコ」
それが自分の名前だと判った時、思わず息を停めてしまった。
「キョーコ」
・・・・・・だって・・・・・・
「・・・・・・・・なんですか・・・・」
「呼べる事が嬉しくて」
「用もないのに呼ばないでください・・・」
そう言って、さっさと先を歩き出した。
自分の顔を見られたくなくて
だって・・・・そんな愛おしそうに自分の名前を呼ばれた事なんてない
そんなにも愛情をこめて呼ばれただけで
自分の名前が、どんな告白にも負けないぐらいの愛の言葉に変わってしまった。
そうして始まった夏休み。
キョーコは1日バイト三昧の日々だ。
そして、蓮は夏休みにも関わらず毎朝『Fairly Garden』へと赴く。
キョーコが早番の時は学校の図書館で時間をつぶして、一緒に帰る事もあった。
お店の他のスタッフにはすっかり蓮はキョーコの彼氏と認定されていて、キョーコはそれを否定するのも辟易して諦めていた。
「・・・・・敦賀さん、少し痩せました?」
「え?そう・・・?夏バテかな~・・・」
「暑いと食欲が落ちますけど、ちゃんとスタミナのあるもの食べないとダメですよ?今日は何を食べたんですか?」
「ん~・・・・・・・・・・・覚えていないな」
「・・・・・・覚えていないんですか?食べたモノが無いんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
4人で蓮の家で試験勉強をしていた時から感じていたが、蓮の満腹中枢の破綻ぶりはすさまじいものがある。
よく、一人暮らしをしていて餓死しないと思うほどだ。
そんな会話を交わす内に、キョーコがバイト帰りに蓮の部屋によって夕飯を作って一緒に食べる事が多くなった。
最初の方こそキョーコは警戒していたが、蓮があまりにも普通なのでその内警戒心もなくなり、部屋にあがって二人きりになる事になんの抵抗もなくなっていた。
むしろ二人でいる事がどんどん自然になっていた。
季節は真夏。
賭けの期間は残り半分になっていた。