「おはようございます、社さん」
講堂で講義が始まる準備をしていた社は、声をかけてきた親友に首をかしげた。
この親友はいつもは花屋によってから来るので、授業開始ギリギリまで来ないのだ。
「あれ?蓮、今日は早いな。キョーコちゃんの所行かなかったのか?」
「最上さんは今日花屋のバイト休みなんです。11時からファミレスのシフトが入っているにで、2限が終わったら昼休みに会いに行きます。」
ニッコリと何気なく言うが・・・・
「・・・・・お前、キョーコちゃんのバイトのシフト全部把握しているのか?」
「はい、概ねは。彼女のバイト先にお願いしたら、快くシフト表のコピーをくれました」
・・・・・いや、お願い・・・・・って・・・本当にか?
そんな簡単に他人にシフトって教えていいものなのか?
絶対違うだろ!!
蓮がニコニコと笑って手帳を開けば、そこにはキョーコの予定がびっしりと書かれている。
万が一ファミレスのバイトで会えなかったとしても、第2案、第3案はすぐに提示できるように、情報収集には余念がない。
「・・・・・・・・お前・・・・仮にも法学部に在籍しているヤツが、ストーカーで訴えられるとか辞めてくれよな・・・」
「ストーカーじゃありません。ちゃんと本人の了承済みです。それに、人は生まれながらに愛を求めるストーカーだって、この間本に書いて・・・」
「だから!お前は読む本を片っぱしから信じるな!少しは読む本を考えろ!!」
ウキウキと花を飛ばす親友にかなり引きながらも、親友らしくつい助言してしまうのは・・・・この親友の恋路を結局応援しているからなのか・・・。
1か月前、突然「最上さんと婚約しました」なんて言ってきた時は腰が抜けるぐらい驚いたけど。
よくよく話をきいて、更に驚いた。
流石に、蓮が必死になるだけあって、なかなか一筋縄じゃいかないこだけど・・・・
正直、社としてはキョーコにこそ同情を覚えてしまう。
恐らく、執拗な蓮のアプローチにうんざりして提案したんだろうけど・・・それは蓮の愛の大きさを過小評価しすぎだよ・・・・。
まあ、後1年・・・正確には11カ月あるんだし、その間に恋が芽生えないとも限らない、いや、芽生えて欲しい。
でないと、この親友がただのストーカーになってしまう上に、強引に婚姻届を出すぐらいしそうだ。
友人に前科が付かない為にも、二人の恋を応援する心優しき親友だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お客様、ご注文は」
「君の今夜の身体と時間が欲しいな」
恐らく、初めて言われれば顔を赤くして、トキめいてしまう台詞も、日常会話で使われればありがたさ半減。むしろマイナス・・・・。
例え、それが壮絶な色気をまとっている、とんでもなく顔のいい男だったとしても、キョーコの心は動かされる事はない。それどころか、「女の敵」というレッテルが日々増えていく一方。
全く・・・・提案した時は早々にあきらめてくれると思ったのに・・・相も変わらず毎日毎日会いに来るこのストーカー・・・じゃなかった、暇人は懲りるという事を知らない。
「お客様ご注文は」
「今日は20時までのシフトだろ?夜送らせてくれないか?授業が終わったら迎えにくるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結構です」
埒のあかない押し問答に疲れて、仕方なく返事をする。
返事をしなければ、次から次へと話をふってきて、注文をしてくれない。
これをタチの悪い客といわずに何ていおう。
「夜道の女の子の一人歩きは危ないよ?」
「そんな心配は無用です。こんな色気のない女をどうこうしようなんて人いませんから」
「そんな事ないよ。俺だったらどうこうしたいけど」
爽やかな微笑みから出たまるっきり似合わない台詞に、思わずキョーコは顔をしかめた。
「…………………なら、アナタに送ってもらうのが一番危険じゃないですか?」
そんな事ないよ。君の了承なしにはしないよ。なんて言う敦賀さんの相手をするのも馬鹿馬鹿しくなって、注文が決まったら呼んでくれとだけ言って、さっさと席を離れた。
こっちはランチタイムの忙しい時間だってのに。
全く、なんて軽いのかしら。
ああやって、女の子を誑し込んで連れ込むのが手なのかしら。
思わず外面だけいい幼なじみを思い出して、忌々しい気持ちになる。
あの手合いは優しさも笑顔も使い方をよく知っているのよね。
そして嘘も……
『キョーコは俺の事をよく理解してくれるよな』
脳裏に浮かんだ言葉に怒りが湧いて、速攻で抹消した。
あんな言葉に優越感を刺激されて、バカみたいに喜んで…本当に愚かだ。
自分にも腹が立つけど、あの女の敵にも腹が立つ。
だから
本当に気まぐれだった。
偶々読んだ本になぞらえただけの条件。
自分も少し反撃したい気分があったのは、敦賀さんとアイツを重ねてしまった面も否めない。
あんな条件を出して、馬鹿にされたと怒って次の日には来なくなると思ったのに。
意外と続いているわね。
意外とプライドが高いのかしら。
まあ、その内飽きるでしょうけど。
「ねえ、最上さん。あの14卓のイケメンこの間も来ていたよね?最上さんの知り合いなの?」
パントリーに戻ると、他のアルバイトの女の子達が目を輝かせて近寄ってきた。
敦賀さんは、今のところ週5の花屋のバイトが無い日は、掛け持ちをしているファミレスのバイトにやってくる。
あれだけの風貌で週2の割合で来たらそりゃあ目立つわよね。
「もう一つのバイトの常連さんなんです。」
うんざりして、そう答えた。
ある意味間違っていないわよね。
変に知り合いだなんて言って揉め事になるのはゴメンだわ。過去に散々凝りているんだから。
「そうなんだ~!カッコいいよね!彼女とかいるのかな!」
「…………………さあ、そこまで仲良くないんで。」
「ね、注文は私取りに行っていい?」
「どうぞ、良ければ持ち場変わりますよ」
むしろお願いしたいぐらいだわ。
頬を染めて喜ぶバイト仲間に、「可哀想に」なんて、つい思ってしまう。
本気で相手にされる訳ないのに。
自分で撒いた種とはいえ、全く忌々しい。
その後、敦賀さんが帰るまで顔を合わせる事も無く、途中バイトが一人来れなくなり結局シフトを延長して終わったのは、22時を過ぎていた。
賄いを食べて帰る支度をしていると、昼間声を掛けてきたバイトの子が慌てた様子で声を掛けてきた。
「ね!最上さん!!今ごみ捨てに外出た時に見たんだけど、昼間のイケメンが外で待っているよ!!」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
昼間のイケメン?…………って、まさか!!!
『夜20時までだろ?帰り送らせてくれないか?』
昼間の言葉を思い出す。
あの時は本気にしていなかったし、受け流していたけど…!
嘘でしょ?!
だって、もう22時半よ?!
もし、シフト変更を知らずに待っていたのなら、まさか2時間半も・・・・・?!
「ねえ、もしかして最上さんを待っているの?」
同僚の言葉にハッとした。
じっと自分を見てくる視線は責められているようにも感じた。
昔、幾度となく感じた種類の視線。
『どうしてこんな娘が』
そ、そうよね…
そんな訳ないわよね
わざわざ私を待っている訳なんてないわ。
別に約束もしていないし
たまたま、近くを寄っただけかもしれないし、他の誰かを待っているのかもしれない。
どの道私には関係の無い事だわ
この時、私は冷静のつもりで少しパニックになっていたのかもしれない。
関係ない事と言いながらも、気がつけば、表口から出ずに勝手口から隠れるようにこそこそと店を逃げ出した。