「あら、嫌だわ。バランスが悪いわね・・・・。監督、ここもう少し下がった方がいいですか?」
モニターチェックをしながら、杏美が呟くと、それを遮るように蓮が口をはさんだ。
「いや、君が下がると表情が判別しにくくなる・・・俺がもう少し前に出るよ、監督いいですか?」
「うん、それでもう一回やってみよう」
監督の号令にスタッフが動き始めるが、杏美はまだ難しい顔をしてモニターを見ていた。
それに気付いた蓮が苦笑して声をかける。
「何か他に気に入らない箇所でもあった?」
「ん~・・・・まあ、撮影がはじまったばかりだからね~・・・」
「ああ、雰囲気が余所余所しい?」
「どうも『司』と『薫子』の立ち位置が掴みきれないわ・・・」
ダメね、と溜息をつく杏美に蓮も再度モニターを覗き込む。
設定上は『司』が『薫子』に想いをよせているとなっているが、恋愛ドラマで無いのもあり、そのあたりの描写がまだ上がってきていないのだ。
今後どういう展開に入っていくか、今はまだ台本まちの状態だ。
「もう少し、『薫子』を意識するように動いていくよ」
「・・・・そうね、お願いね。期待しているわ」
「ご希望に添えられるよう、頑張るよ」
杏美が蓮の肩を叩いて笑えば、蓮も片手をあげてそれに応えるように笑う。
そんな二人のやり取りをキョーコは少し離れた所でぼんやりと見ていた。
「凄いね、あの二人・・・・息ぴったりだ」
「相川さん」
話が聞こえていたのか、相川に同じ感想を言われ、ドキリとしてしまった。
「事務所も違って、共演は初めてだって言っていたのに・・・相性がいいのかな」
何気ない相川の台詞に、キョーコは知らずに身を強張らせていた。
いい現場になりそうで、よかったよ!とニッコリ笑っていう相川の言葉にキョーコは何と答えていいのか判らなく、ただ「そうですね」としか言えなかった。
*************
「君のお兄さん、ずいぶん有名なプログラマーだったらしいね」
「・・・・・・」
「銀行の通帳を確認したら、先月末に1000万円の振り込みがある。何の仕事の報酬かわかるか?」
「・・・・・・」
尚もだんまりを続ける『海』に『司』はイラつきを隠さずに溜息をつく
「君ね、君の依頼なんだ。少しは協力してくれないと困る」
「・・・・・・・知らない」
仏頂面でやっと話したかと思えば、内容が内容で『司』は思わず舌打ちをした。
そこへ、『薫子』が外回りから戻ってきた。
「海ちゃんのお兄さんが、亡くなる直前に友人宛にROMを送っているわ。内容確認してもらえる?」
そういって『薫子』が『司』に預かってきたROMを渡し、『司』はそれをパソコンにセットした。
途端に画面上に英文字や数字の文字列が覆いつくされる。
「暗号化されていますね。解除コードが必要だ。演算して解読していかないと・・・」
『司』はあきらめたように呟いた。ここまでくると専門外だ。
時間はかかるが『薫子』のツテで専門家を探して、依頼をするしかない。
すると、それまで静観していた『海』が黙ってパソコンに座り、ものすごい勢いでキーボードを叩き始めた。
全くの迷いもなく、よどみなくパソコンを駆使していく姿に『薫子』も『司』も呆気に取られた。
「君・・・・」
ビーという音とともに、解除コードが表示される。
「こんなのも出来なくて探偵なの?」
つまらなさそうに『海』が呟いた。
***************
「『海』は少し『雪花』に似ているね」
「はい。なので私も感情移入しやすかったです!とは言っても違う所もいっぱいあるんですけど・・・口は悪いし…第一『雪花』ほど病的にブラコンでもないですし」
くすくすと笑うキョーコに蓮はそっと肩を抱いて引き寄せて、耳元で囁いた
「『海』は俺に冷たいしね。『雪花』みたく一緒にお風呂に入ろうとしたり、同じベットで寝たりはしてくれない?」
「ななななななな何を!!」
真っ赤になって慌てるキョーコが可愛くて、蓮はチュッと額に口づけた。
今日の撮影が終わり、お互いラストだった蓮とキョーコはそのまま一緒に事務所に戻る態にして、蓮のマンションへ帰って来た。
食事を終え、ソファーに並んで座りながら次に撮影するシーンの読み合わせをしていたのだ。
だが、先ほどから蓮が事ある事にキョーコに触ろうとしてくるので、キョーコも赤くなったり照れたりで落ち着かず、一向に進まない。
「あ、あの・・・敦賀さん・・・」
「ん・・・・?」
そのまま、頭のてっぺんから頬から鼻まで、顔中にキスを振らせてくる蓮にキョーコはくすぐったさと恥ずかしさで思わず首をすくめる。
「あの、読み合わせ・・・」
「次回の撮影分は終わっただろ?」
「でも・・・・」
「今日、同じ現場にいたのにほとんど一緒にいれなくてキョーコ不足なんだ。補充させて?」
私はケータイのバッテリー?
と思わず突っ込んでしまったけど、蓮の言葉に胸がツキン・・・と痛んだ。
『だって、敦賀さんはほとんど桐崎さんと話していたじゃないですか』
思わず浮かんだ台詞を慌てて飲みこんだ。何て事を言おうとしたんだろう、自分は。
絡みの多い主役二人が打ち合わせをするのは当然じゃない。
あの二人の視点や意見は監督も認めていて、今日の現場では嫌って程それを見せつけられた。
敦賀さんと肩を並べられる人
自分はまだ、あそこまで行けていないんだって・・・私じゃダメなんだって・・・ついそんな事を思ってしまった。
「キョーコ・・・今日相川さんとずっと話していたね」
「え?ええ・・・いい人ですよね。私にも気を使って下さっていて」
「・・・・・・・・そうだね」
ついつい暗い方向に気持ちが落ちかけていたが、蓮の言葉で現実に戻される。
「?あの・・・・」
「何でもないよ、ねえ・・・・もっと補充・・・・させて?」
何やら考え込んだ蓮にキョーコは疑問を浮かべるが、すぐに蓮が艶やかに微笑んだので一気に固まってしまった。
そのまま深く口づけをされて、気が付いたらソファーに押し倒されていた。
唇に、首筋に、胸元に口づけが落ちてくる。
体全体に蓮の温もりを感じて安心する。慣れた手つきが、身体中のに熱を付けていくのを感じながら、所徐に力が抜けていき、蓮にされるままとなっていく。
キョーコの懇願によって二人が寝室へと消えたのはその1時間後だった。