5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。


*ともみんちへようこそ*


ここは、わたしの人生のメモ帳です。
5人の子どもたちと夫との暮らし。
日々の揺れ、違和感、気づき。
ことばにならないまま過ぎていく瞬間を
徒然なるままに。

真っ直ぐに
浮かんだまま、鮮度を保ったまま
記録することが目標です。


こんにちは


ともみんです。



先日


\ fu1歳になりました/




1歳の記念に一升餅をつくり、

しあわせを祈念。

その餅…

めっちゃ好きで、

夢中で食べている。





この餅の材料“もち米”は

親戚のおじさんが育てたもの。



そのおじさん80歳。



育てたのはおじさんだけど

そのもち米を育てた土地を作ってきたのは

その前のおじいちゃんやその前の世代(推測)。




綿々と受け継がれてきたその土地で

育った米には

その過去の人たちの思いも宿る。




どれだけの人の思いや祈り、労力が

この中に入っているんだろうか、



と想像した時に


“この餅食べたら、

逞しく生きていけるに決まっている”


と思った。



祈り、思い、労力、時間…

栄養素以外の目に見えないものも

食べているのだから。





食べる量が少ない乳児期、

つまり離乳食時期の

食事について、




今の世の中では

“お母さんの負担のないものが1番!”

“ベビーフードでも栄養たっぷり!”と

謳われて

“母の負担軽減”が全面に出されている。



でも、

わたしはそうは思わなくて

“少ししか食べないからこそ、

何を食べさせるか”を

大切にしたいと思ってきた。



頑なに…

くずせなかった。





離乳食期は

父の育てたお米、父の育てた野菜、

こだわって育てられた野菜を

できるだけ使いたいと思ってきた。




“思い”は宿る。

なぜなら、植物だから。




“ありがとう”と声をかけて育てたお花が

生き生きと咲くように。








“大切に”育てられたものには

生きる活力のようなものがみなぎる。


農薬の使用不使用か?

有機栽培か?


それはどちらでもいい。




食べる人を思い浮かべて

作られた、そういうものを

身体に食事として取り入れるとき



生きる力を

そのまま享受できるのだ。





しかも、その前の世代、

その前の前の世代…みんなの思いが

詰まった土で育ったものなら…


なおさらだ。




だから、

fuにも


太陽の光、水、空気、そして土、

作り手の“これでどうだ!”と言わんばかりの

パワーを感じられるものを

食べさせたいと思って、

この半年やってきた。






“今”だけでなく

過去からの祈りや思い、

いろんなものを

いただいて…




たくましい生きる力満載で

今ここにいるんだろうなぁと思う。





そういう環境に恵まれて

父、祖父、そして周りの人たちのおかげで

叶えられていることに

ただただ


ありがとう。




そう、

生きてきたようで

生かされている。





うしろにある目に見えないものを

たくさん受け取らせてもらっている。


だから


いただきますー


なんだ。





成長とともに食べる量も増え、

嗜好品も欲しくなるし…

そういうものでは全然まかなえない。




でも、

1歳まで

たくさん食べないからこそ

この時期になら

与えてあげられる。







ベビーフードが悪なのではない。


手作りじゃないとダメなんじゃない。




でも、

人の手によって作られたものでしか

受け取れない目に見えない、

数値にも表れない何か

間違いなくある。





その目に見えない何かを

子どもたちに与えることー


それがわたしのこだわり。





大きくなぁれ。

元気に育て!


わたしだけでなく

たくさんの人からの

その思いを受け取っていたら




健やかに育つ!

生きる力、つくにきまってる!





というわけで今はなーんにも

農業には携わっていないけれど


わたしの子孫にも

こういうものをかんじながら

食べ物を

いただいてほしいなぁと思うので


先々、何かするぞ!と決意した

5人目1歳の誕生日。







目の前の食事に

“いただきます”と言いながら、

その後ろにあるものを感じられるときー




きっと人は

自分が

“生かされてきた”と知り、


自分が愛されていることに

気づくのだと思う。




100回の愛しているより

100回のいただきます。






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