「誰から?」
「知らない…。
さっき手渡されたんだ。
名前は言わなかった。
その人の年齢?
30前くらい?
わかんねぇよ。大人の男の年齢なんて。
がっしりした体型のイケメン。
でも花屋じゃないな、あれは。
ビシッとしたカッコイイスーツ着てたし」
メンバーのシンがぽつりと言った。
「ファンのひとりじゃないの?カードは…
『鏡花水月』
なんて読むの?
『キョウカ、、スイゲ、ツ?』
なんだ?どういう意味?」
メンバーのひとりが受け取って
花束に添えられたカードを読み取った。
一鏡花水月
鏡に映る花
水に映る月
見ることは出来るけど
手には触れられない幻
この言葉を教えてくれた人は
たったひとり
ずっと昔 僕のそばに居た…
貴方こそ…この花に添えられた
言葉のような人。
凛空はJUNの腕から逃れ
花束を受け取ると
足は外へと向かう。
「どこに行くんだ!待てよ!凛空。
ステージどうするだよ!!
凛空!!!!」
JUNの指先が一瞬絡まったが
それがするりと解けると
凛空はいつしか走り出した。
廊下を抜けて
階段を駆け下り
公会堂の外へ走り出た。
凛空の目は周囲に向けられる。
痕跡は…
キィーーーーッ!!!!
ガッシャァ〜ン!!!!
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
☘︎ 1943年
「きみは蘇りを信じるか?」
あの時彼は
そんな事を唐突に
僕に突きつけた。
彼は大学生で、僕の家庭教師。
とても頭の良い人で
祖母が勧めてくれた
知り合いのお孫さん。
勉強が終わって、
少し疲れた頭を休める為に
僕がのびをしていると。
「蘇り?
人間は7度生まれ変わると言うけど
…
男は男、男は女。
だけど
女は女にしか生まれ変わらない。
お祖母様はそんな事を
僕に言ったよ。
なんで?と聞いたら
女は業が深いからだって…
自分も女なのにね」
僕は何気なくあの時
そんなふうに言ったような気がする。
「もうすぐな…
来年から始まる。
俺たち学生は戦争に行かなければならない」
彼がぽつりと言った。
「どこへ?お国の為なんでしょう?
それが義務だから…」
僕はあの時平然と答えた。
それがどんなに彼にとって
酷な言い方だったかも
想像する事もしないで。
みんな当たり前のように
戦場へ送り出す。
「ねぇ、烈。いつ返ってくるの?」
「凛空…」
彼は何も言わなかった。
翌年11月。
彼の家庭教師はそれが最後になった。
そして彼は
蘇りを信じていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
○○○○ 年
※龍族に年月は存在しません。
彼らは永遠の時を生きます。
いつかは枯れて行きますが、
それはいつだか彼らすら
分からないのです。
夜の闇の中に浮かぶ時空の船。
灰色の靄のかかった船。
ぼんやりと宙に浮かんでいる。
静かに乗船する人々の中に
凛空の姿があった。
「麗凛空(リーリンコン・リアン)様…
本日はご乗船ありがとうございます。
私はこの船の船長
龍 風季(ロンフォンジー)と申します。
短いクルーズではありますが、
上海までの旅 お楽しみくださいませ。」
風季は入口でチケットを確認しながら
そう言った。
「ありがとう…」
「お部屋へはこの王 月朧が(ワンユェロン)
ご案内致します。
また身の回りのお世話もなんなりと
月朧にお申しつけ下さいませ」
風季の後ろに立つ小柄だが
きりりとした顔立ちの青年が
笑顔を見せた。
「よろしく〜!
ユエでいッスよ」
「こらっ!ユエ!
なんて口の利き方」
凛空は初めてふわりと笑った。
「いいですよ。ユエくんは
僕とあんまり歳が
変わらないみたいだから。
ねっ!ユエくん。仲良くしてね」
凛空がそう言って手を差し出すと、
ユエは嬉しそうに握手した。
「お荷物はここに置きますね。
何か飲み物をお持ちしますか?
それとも下のラウンジで
ウェルカムドリンクのサービスも
してますよ!
お食事の前にいかがですか?」
ユエが気を利かせた。
「じゃあ着替えたら
降りて行こうかな…」
ユエは荷物を部屋の隅に置くと
「はい!では。
お食事は18時半で宜しいですか?」
「うん…」
「では凛空様
お待ちしております」
ぺこりと彼は頭を下げて
ドアを閉める時に
可愛い笑顔を残していった。
僕の名前は
凛空…
上の名前は……忘れた。
歳は、、確か17歳。
僕は……なんでここにいるのだっけ?
それを思い出さない。
たったひとつ
広い背中を覚えている。
記憶の中のそれが時々
ふっと顔を出す。
突然
予告もなしに…すると
何故かとても懐かしく
胸が熱くなり
とても哀しくなる。
この船に乗船する前に
髪が長く
背が高く
指先の綺麗な
美しい男(ヒト)に聞かれた。
「お前は車に跳ねられて
命を落とした。
お前の前職はアイドル。歌い手。
だがこの船に乗ってしまえば
もうお前は元の所へ戻れなくなる。
お前は名前を失い、職を失い
身分を失う。
それまでの過去を全て失う。
お前を覚えている者もいなくなる。
それでも構わないか?
お前は新しい人生をあゆみ出すが
それはとてつもなく長く
永遠のように感じるほど
長い時を暮らすことになる。
お前は独りだ。
このままずっと独りかもしれない。
それでも構わないか?」
独り……
とても魅力的な言葉だ。
僕はあまり深くも考えず
首を縦に振った。
後悔なんかない。
凛空
名前だけは残してやろう。
いずれその名が必要になるだろうから。
男はふっと微笑み
俺の額に指を伸ばした。
彼の冷たい指先が額に触れた。
その瞬間……
俺は全ての記憶を失った。
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