これは私の妄想物語


白い窓枠に打ち付ける雨
(そろそろ塗り直した方がいいかな?)

この建物はゆうに100年近く
経っているはずだ。
古い片田舎の洋館を
滝蘭は買い求め
そこにアトリエを構えた。

元の持ち主は1人住まいの老婆で
25年程前に
1度外壁を塗り直したと聞いている。
その老婆が亡くなって
譲る相手もないまま
売りに出されていた。

窓枠も朽ち果て
所々木目がむき出しになっていた。
(まるで僕の心みたい)

パリから遠く離れて
都会の喧騒や便利の良さが
鬱陶しくなった頃
たまたま訪れた見知らぬ土地。

何故か強く心惹かれた。

『そんなところに住んで
仕事はどうするの?』
滝蘭の仕事仲間でもあり、
たまに気が向けば
身体を重ねる相手でもある羚が
ベッドの中で聞いた。



僕の心は自由だ。

中堅の服飾デザイナーとして
業界でも充分名を売って
その地位を確率してきた。
スクリーンや舞台の第一線で活躍する
女優や社交界でも注目を浴びる
実業家の固定客もいる。

だが……何故か虚しい。
ある日目が覚めると酷く虚しかった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

『いつもの気まぐれ?
どうせすぐに戻ってくるんだろ?
俺はそこへは通わないよ』

好きにすればいい

『冷たいな〜
会えなくて寂しくないの?』

数年OKじゃない?

『浮気しちゃうよ!』

どうぞご自由に……


羚は呆れたように笑って
彼の仕事場へ戻って行った。


ひとりになって数ヶ月。

(やっぱり塗り直すかな?)
酷い雨が降ると
屋根裏が1箇所雨漏りもし始めた。

雨が続く。

祖母の代から使っている
日本の古い行李。
そこから大事にしまっていた黒い生地と
フリルの美しいレースを
取り出した。

この行李は優秀だ。
木枠をはめ込んでいるだけの造りなのに
ひとつの歪みもなく
黴も生えたことがない。

何とか?という木で作られていて
以前は着物地が大事にしまってあった。
祖母の実家の家紋とか言う
家のシンボルみたいな
蝶が描かれていて
黒地の手触りが
触ると吸い付くような滑らかな布。

『お前が成人したら
これで羽織を作ってあげよう』
そう言ってくれた祖母は
滝蘭が二十歳を迎える前に
亡くなった。



滝蘭はそれを知り合いの

着物デザイナーに頼んで

一式仕立てて貰った。


赤い襦袢と黒い紬。

そして真っ赤な帯を添える。


数年前の話。



『それ、誰が着るんだよ?』
知り合ったばかり頃の羚は
滝蘭にしつこく聞いた。

『アンタが着るには
少し大きくないか?』

キミには関係ないよ…

『あの人なんだろ?
アンタの元から去ってった…』

去っていってなんか……
彼は旅に出ただけだ。



『綺麗だよ』


滝蘭はため息をついた。

彼はコレクションの為に雇った

専属のモデルだった。

一年ほどの付き合いだった。


コレクションが終わり別れ際

それを彼にプレゼントすると

彼は生まれて初めて袖を通すと言いながら

着物を見事に着こなした。


滝蘭と同じ1/4の血が騒ぐ



『着心地がいいな…

肌に吸い付くようだ。

まるでお前の肌のよう……』


何度も抱き合って、、でもお互い

一度も愛してると言わなかった。

どうせ刹那の関係。

その時々気が合えば

それでいい……


のつもりだったのに。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

滝蘭は頑なに足踏みミシンを踏む。
大切に修理しながら使い続ける
これも祖母の持ち物。

行李の中の生地は
形を変えて
柔らかなシルエットを描く。

首元が寂しいので
手仕事でひと針ずつ
共布で小さなコサージュを作った。
それをチョーカーのように
リボンで結んだ。




魅惑のクチュール


出来上がり






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