春蘭こと碧空はあの日以来
画壇から姿を隠している。
あの絶賛された個展の日から……
画壇からは注目を浴び
将来を嘱望され
日本画壇の中でその絵画様式は
伝統的な大和絵を踏襲しながら
それとは全く別の次元の
新しい様式で
個性的なものだけに
唯一無二の作品として
評価が高かった。
さぁいまからと言う時に……
師である大垣大誠は
口を閉ざしたまま。
裏で手を回しているのか?
マスコミや新聞・雑誌等も
取材は一切許されてなかった。
週に三・四日 大誠のアトリエへ
決まった時間へ馨爾は送っていくが
アトリエの場所を公にしたいなかった為
追いかけ回されることもなかった。
「僕は完全にこの世から
消されたんですね」
「お前それで納得しているのか?」
「納得も何も……コレが僕の運命」
「相変わらずの自虐ネタだな」
「僕は、、絵が描ければいいから。
現に馨爾さんちで
好きなだけ描ける。
食べるための「意に沿わない仕事」じゃない。
料理屋の皿洗いもしたけど
そこは表に出てお客の
相手をしろと言われる。
飲み屋の下働きでも女将に
「お前のその顔勿体ないから
男相手でもいけると思うと言われて」
「してたのか?」
「してません。。」
馨爾は何故か心が安堵しているのに
気がついた。
何気ない会話である。
大誠のアトリエに着くまでの小一時間。
退屈しのぎに話す
内容のない会話のはずだった。
意外にも碧空は
聞けば素直になんでも答えた。
無防備すぎるくらい
隠したり騙したり、
嘘をつくこともない。
だからあの日会っていた男も
碧空の腹違いの兄だと
馨爾は納得した。
ただ恩義があるからと言うだけで
そこまで兄を支えなければ
ならないのか?
素直で世間知らずの彼だからか?
ある日の帰り
馨爾は意地の悪い質問をした。
「俺がお前を欲しいと言ったらどうする」
碧空はその意味が分からない風だった。
「おまえを俺の「女」にするってことだよ」
「女?」
「ああ…お前の身体を
俺が好きにするってことだ」
碧空は黙り込んだ。
ようやく意味がわかったようだった。
それから数日
碧空は口をきかなくなった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
いつものように碧空は襖絵に
熱中している。
稀に寝食を忘れたように
没頭するので、
芳楼は半ば心配だった。
伊吹号の世話をしながら
碧空の様子も伺う。
それが当たり前になったある日
その日はやけに蒸し暑い日で
伊吹号の水浴びをさせながら
碧空も衣服のまま同じように
水を浴びていた。
「ボン!着替えここに置いときますよ」
市川が気を利かせて
廊下に芳楼の着替えと
上等のタオルを置いていった。
このところ父の明仁も見かけなければ
馨爾も忙しいのか?
碧空の送り迎えはもっぱら
銀次ひとりの役目となっていた。
久しぶりに大誠のアトリエに
通わない日が続き、碧空は
離れの部屋の襖絵を
仕上げているはずだった。
台所を任せられているお手伝いの喜美が
久しぶりに氷が手に入ったからと
果物を絞ってジュースを
作ってくれた。
芳楼はそれを碧空の元へ運んだ。
「碧空さん、少し休みませんか?
お昼も食べてないと
喜美さんが心配してましたよ」
麩絵を描いている部屋からは
返事がない。
嫌な予感がして
締め切った障子を開けると……
彼が畳に突っ伏していた。
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