中学3年生になる春。
同じ病室の友達二人と共に転院。
友達が一緒だったから不安は全くなかったな。
ただ、慣れ親しんだ(って言うのもおかしいけど)病院を離れるのが淋しかった。
転院し、また院内の学校へ転校。
今度の学校は、屋上にありました。
そこで、野菜栽培なんかもしていました。
相変わらずの透析と足の舗装具がついた日々。
イヤでした。
この頃、散文詩を書くことにハマッていた私。
文才ないのであまりうまくはありませんでしたが。。。
受験生なのに気持ちばかりがあせり、あまり勉強できずにいました。
勉強を始めると不安な気持ちになり、進まない。
みんなそんな不安と戦っているんだろうとは思いますが。。。
そんなこんなで日々は過ぎて行きました。
14歳の私。
CHAGE&ASKAにハマッたのもこの頃でした。
チャゲアスは、私の青春。
秋。
学習発表会を控えたある日。
夏からずっと調子が良くなかった出口部から感染。
2回目の腹膜炎を起こす。
大部屋から個室へ。
そして、大学病院へ逆戻り。
大学病院では、看護師さんたちから「おかえり」なんて言われる。
当初、透析のカテーテルを入れ換えたらまた転院するはず(予定)でしたが
このまま、大学病院で卒業まで過ごすことに。
1つ年上の友達、今でも色んなことを相談しているおんちゃんと一緒に入院生活を過ごす。
そして、息子が成長ホルモンの検査でお世話になった先生に出会ったのもこのときです。
先生は、私がメガネ男子を好きになるきっかけだったなぁ。
転院先の病院の学校では、中学生は制服登校だったこともあり、大学病院の学校でも制服登校するようになる。
不安で仕方なかった受験。
最終的に通信制の高校へ進学することになる。
3月。
病院の学校を卒業。
卒業式には、初めての入院でお世話になった婦長さんも来てくださいました。
泣かない!って決めて答辞も読んだのに。
最後、婦長さんがかけて下さった言葉に涙が止まりませんでした。
3年8ヶ月の入院。
毎年のようにカテーテルの入れ換え手術を受ける。
薬の副作用により左足大腿骨骨頭壊死。
色々なことがあった入院生活が終わる。
高校生になります。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
つづく
Kirara
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