四半世紀も前のインド放浪記。




憧れのお祭りも見ずに、プリーを出発したのは

ガンジス源流(ヒマラヤ氷山)が

6月に解禁されて、9月末までしか入れない


との情報を、得たのが大きかった。



実は、旅の目的のひとつに

旅の直前に亡くなった、相方の母上の遺骨を

ガンジス河の源流で、供養したいとの思いが。。。





そこで早速、、、

北上を開始。




インドの象徴、ガンジス河へ。




まずは、ヨガの聖地、リシュケシュ。


リシュケシュは、さすがにヨガで知られた町。

町の雰囲気も、どこか西洋ナイズされていて
洗練されている。



ガート(沐浴場)も、整備された公園のようで

ハッキリ言って、インドっぽくはない (=◇=;)



町は、ベジタリアンが、主流だそうで

ここで食べた、小豆のカリーは、とても複雑な味で

インドベジタリアンの、歴史の深さを
存分に感じさせるものであった。





そして、隣町の

ヒンドゥー教巡礼の聖地、ハリドワール。



長くて広いガートは、うって変わって

沐浴する人で大賑わい!!




サリーのまま、川に浸かって、祈りを捧げる人々。

絵に描いたような、いでたちのサドゥ達。



これぞ、まさしく

『わたし達のインド』!!!である(笑)




ここは、12年に一度行なわれるお祭り「クンブメーラ」
がとっても有名。


インド中から、更にスゴイ数の

サドゥや巡礼者が集まるってんだから

想像を超える光景。。。であろう。





で。。。





今夜は、このガートで、野宿決定!!!


なんだか、日本の縁日の夜、みたいな気分で
青春思い出しちゃうよ~的なノリ。

川原で一晩中、花火してたってヤツね。  ←チョット違うでしょ!?






次の日、ガンガーのほとりに店を出す

チベット人の露天商に

同郷と間違われ

チベット語で話しかけられた!?




たしかに、相方はどう見ても一般の日本人
には見えない。

インド人には、旅の間

チーニー(中国人)、ネパリ(ネパール人)

と言われ続けたが。。。



ルーツはチベッタンだったのね!!(笑)




家に泊まって行け行けと、誘われて

素朴で美味しいチベットの家庭料理で

思わぬ歓待を、受けることに。



最後まで、本当はチベッタンだろうと

からかわれるほど。。。(^_^;)



それくらい。。。




国を離れたチベットの人達の

同郷への思いは、大変なものがある。




ひとつの理想郷を持っていた小国が

大国の論理に潰される現実。


人権と言ういちばん基本の尊厳が

簡単に踏みにじられる現実。


非暴力で抵抗しつづける現実。




ここでも、目の前には

簡単には解決できない問題が、山積みだけど

いち生活者としての交感は

小さな人間としての当たり前のことを

思いださせてくれる。






ちっぽけな人間を包みこんで


朝焼けに照らされる、雄大なガンガーは。。。


清濁すべてを飲み込んで

今日もまた、流れ行く~~~











次回、さらに、ガンガーの奥深くに踏み入りま~す霧