久しぶりに帰省しました。
私が術後4ヶ月で、家族に元気になった姿をみて欲しいのと、母方の実家座間味島にいっておじ~おば~に手を合わせたい気持ちで帰省しました。
空港には友達が迎えに来てくれて、もう一人の友達と待ち合わせして一緒にランチを食べに行きました。
まず、台風の爪痕を思い知らされました。 笑い話がオスプレイに向けて信号も上に向いてしまったよ!!と沖縄の現状を話してくれました。 停電も完全復旧がまるまる三日はかかったなどいろいろと話してくれました。
ランチをする場所に着いたら、お互いの生活スタイルを語りました。 子育てと仕事の両立の厳しさの中でも精一杯生きる友、多忙な仕事でストレスを溜めないように工夫している友、短い時間の中で語れたのでは素敵な時間になりました。
場所はここ
青い海・美味しい空気・やさしい風なによりも癒されるひと時でした。
大切な友とも別れて実家に着いて両親に会い、他愛のない会話で買い物に行きいつものご飯でゆっくり
過ごしました。
2日目、母の実家 座間味島に船に乗って向かいました。 小さい時は船酔い知らずの私でしたが、大人になってからは三半規管が弱くなったせいか船酔いしやすくなり、母からレモンの塩飴を貰いできるだけ眠りの方向に意識をもっていって船の揺れを意識しないように集中しました。
やっと着いた座間味島は待合所が綺麗に建て替えられてだいぶ変わっていました。 15年の歳月は大きいかった。。。
やっと実家に着いたら、ここにも台風の爪痕が、見て下さい。
恐るべし自然の威力!!
どうか家を壊さないで~!!
心の中で叫びました。
家に入って早速部屋をほうき・掃除機を使いとりあえず埃を取り払い、お水をがぶがぶ飲み、
部屋の中を見回しました。 先祖の写真、仏壇、畳が取り払われたスカスカの床、ふくよかな方が飛び跳ねると間違いなく床は抜けるぐらい家が傷んでいました。 何もしてあげられないので裏の荒れた畑の雑草を片付けるのが私のできることのひとつでした。
母と二人で雑草の掃除をしました。 私は小さいリヤカーを引いて雑草をサトウキビ畑まで持って行きその往復を何度もしました。 おかけで足は傷だらけ、草履に素足だった為、レギンスからの下の素足が靴下を履いたかのように日焼けをして少し笑えました。
夜になり、母は親戚の法事の手伝いに行き、私は留守番なので、ビールと煙草とつまみでのんびり過ごしました。 テレビ・ラジオがなかったので、自分の携帯で音楽を聴いて過ごしていました。
母が戻ってきて、拭き掃除が始まりひたすら部屋中拭き1時間程してやっと終了。 ゆっくり母と語り、家計の事情を話し合いました。 夜中になると離島の気温は日中より3度程温度が下がり、母と私は湿った布団は被りたくなかったので、お互いやせ我慢をして寒いとは決して口にしませんでした。 口にするともっと寒くなる気がして胃が震えるほど寒かった。。
朝になり、仏壇に手を合わせ、朝ごはんを食べ早速掃除を始めました、昼頃いとこの一人が日帰りで手伝いにきてくれて、時間のある限り掃除をしました。
船に乗る時間が迫り慌ただしく、実家を後にして船に乗り込みました
本島の実家に戻って、買い物して、晩御飯母と作り、父とビール片手に語り夜中になり眠りにつきました。
時が流れたお蔭で父の気持ちが理解できたことと、私の小さい頃の辛かったことを聞いて貰えたことが気持ちの整理ができた気がしました。
翌朝、横浜に戻る日になり、いとこが食事をご馳走すると誘ってくれて、海鮮料理をたくさん食べました。
ありがとう、とても美味しいかったよ!!
10/7は母の誕生日で、プレゼントを用意できなかったのでユニクロで好きなもの選んで貰いました。
空港に向かう為、国道58号線には那覇大綱引きの綱が横たわっていたので思わずデジカメで撮りました。
相変わらずでかいわ。。。うん 綱を一度引いたことがあるがその時私の両手は皮が剥けて痛い記憶がある。 いい思い出だ。 お土産にチビ綱を持ち帰ったな。
空港に着き暫しの別れで飛行機に乗って、飛行機の中で思った、日々大切に生きなくちゃ!!
また明日ね!!




