善と悪、見方を変えたら善が善でなく

悪が生粋の悪でない

 

「ジョーカー」

 

心優しいピエロ、アーサー/ジョーカー

(ホアキン・フェニックス)

アーサーの母ペニー

(フランセス・コンロイ)

同じアパートのソフィー

(ザジー・ビーツ)

人気司会者マレー

(ロバート・デ・ニーロ)

大富豪トーマス・ウェイン

(ブレット・カレン)

 

なんだろう、感情がマヒする映画

というより感情をマヒさせないと

見続けられない物語

 

ただひたすら自分のできる事を

一生懸命やってるだけなのに

 

周囲の悪意で不幸のオンパレード

 

アーサーは自殺したくても

母親を一人残す事ができないから

思いとどまってたんやろうな

 

自分ではどうしようもない病気

それによって周りから浴びる視線

 

妄想の世界は自由

 

今書いてて「ダンサー・イン・ザ・ダーク」

思い出したわ

 

なんか映画館という場所で平和に

この映画を見れてる自分を

ごめんなさいと言いたくなる

 

ラストシーンの解釈が色々あるのも

ジョーカーの悪ふざけにもやもや

させられてるのかも?

 

以下ネタバレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に殺されたエリートたち

あの車内の行動を見てたら

立派な市民と言えるの?

 

確かに殺すのはあかんけど、

アーサーの何かが壊れたんやろう

 

ただ撃った弾の数が充填した数より

多すぎと感じたのは私だけ?

 

今までの「バットマン」は息子である

ブルースの思い出の

中のトーマス・ウェイン

 

今回の物語は市民やアーサーら

虐げられてきた人々からみた

トーマス・ウェイン

 

人は多面性を持ってるとはいえ

今作のトーマスさんは人徳者

とはお世辞でも言えない

 

アーサーが握りつぶした

若かりし頃の母の写真

 

「君の笑顔が好きだ T・W」

 

これってお母さんの記憶の方が

正しかったんでは?

 

お金も権力も持ってるウェイン家

女一人を精神病に仕立てるのは

簡単だったのでは?

 

偽の戸籍作るのも簡単でしょう

 

トイレでのトーマスの行動と合わせて

そう思った

 

あんだけの地位のある人

人を殴るなんて野蛮な事は普通しない

 

正しい後継ぎのブルースがいる今

血を分けた「息子」というよりアーサーは

自分の過ちの証拠

 

貧困層を人間扱いしない位の

傲慢さを持つ人間だもの

 

それくらいやりそう

 

あのチャップリンを観劇してた場所

 

異分子であるアーサーが立ってても

誰も気にしない

 

その事でもアーサーの存在が

ないものと同等と描かれてて

いたたまれなかった

 

何よりうまくうまくいってると思ってた

ソフィーとの関係が妄想やったとは!

 

ソフィーとのシーンではとても

穏やかな表情してたから

このままでいてと願ってたのに

 

あのシーンはもう救いはないんだと

思い知らされた

 

ラストシーンの血の足跡

 

あれは私は直前に面談してた

女医を何らかの方法で殺害し

その血を踏んで部屋から脱出

 

そして外の世界に「ジョーカー」が

君臨すると納得したんだけど

 

色んな解釈があるよね