前回の記事「腕の傷①」では痛い事ばかりを書いたが腕の傷は痛い思い出だけでなく温かい思い出も作ってくれた。



リストカットが🐨担任にバレたのは体育の授業でバレーボールをやった時に体育着の上着に血がついて保健室に行って🐻養護教諭にリストカットしちゃったことを言ったのが始まりで🐨担任にもバレた。


🐻養護教諭「この傷、🐨担任に言う?私から伝えとこうか??」

私「嫌です。怒られたくないです。」

🐻養護教諭「🐨担任、怒らないと思うよ。かほちゃんのこと、心配してると思うな〜。」

私「(黙る)」

🐻養護教諭「私も心配だし、🐨担任に伝えちゃうよ??」

私「(黙る)」

🐻養護教諭「誰も怒らないから安心して??」

‪私「ママは怒った」

🐻養護教諭「そっかぁ。辛かったね、、、、今日言いに来てくれてありがとうね。」

私「(黙る)」



この流れで次学校に行った時にはもう🐨担任にはリストカットのことが伝わっていた。
🐨担任は私のことを呼び出して傷のことなんて触れないで🐨担任の楽しい話をしてくれた。
私は面白すぎて笑ってばかりいた。
そしたら🐨担任が「あ、○○が笑った〜!よかったよかった。🐻養護教諭からその腕のこと聞いたよ。最近○○元気ないなぁって思って心配してたからさ、今度話す気になったらでいいから理由とかお話してね。」って言われた。


そっから私と🐻養護教諭と🐨担任の距離は近づいた。


🐻養護教諭と🐨担任はいつでも私の「味方」でいてくれた。




リストカットを繰り返して呆れられるんじゃないかって震えてた時は背中摩ってくれて「大丈夫〜大丈夫〜」って言ってくれて安心させてくれて。




書ききれないくらい私の腕の傷を巡ってはたくさんの優しくて温かい記憶がある。

それは今までの人生で感じたことの無い温もりだった。




まだ完全に自傷をやめれている訳では無いが私は「痛い記憶」も「温かい記憶」も大事にしたいと思う。


「痛い記憶」はいつか誰かの痛みをわかることができると信じて。
「温かい記憶」はいつか誰かの役に立つ、私の人生の宝物だと思って。




絶対に忘れないようにしたい、そう思える今この頃。

暑いけど長袖生活頑張ろう。