深夜テレビで「リトル・ミス・サンシャイン」という映画を見かけた。


途中からだったけど、ついつい面白くて見てしまいました。

AM4時くらいまであったので翌朝は、辛かったけどあせる


ロード系コメディ?

コメディといっても、シニカルで、ブラックたっぷり、くわえて、切なさとほろ苦さ、そして、滑稽さの中にかっこよさと強さがみえた映画でした。


この映画、昔の私と育児中の私では、見方が違っただろうな。


(主人公の?)父親は、勝ち負け、成功にこだわり続けていて(しかし、今のところ成功はまったくしていない)、持論の成功哲学を家庭で振り回す。


レストランで、娘がオーダーを決めかねて、ウェイトレスさんに「ごめんなさい」というと、「すぐ謝るのは、心の弱さの現われだ」とか(  ゚ ▽ ゚ ;)まぁ、いつもそんな感じ


そんな感じ・・・・


笑っていられないなと思った。


子どもを生む前なら、あんな父親最低!!と、軽く言ってのけていたと確信(;^_^A


でも、今は、その父親にかなり近いことしていると確信(>_<)


理想と期待が、子どもには負担になること絶対してます


ちょっとポッチャリ娘が、カリフォルニアで行われるミスコンに出るために、アラバカーキから、予算がなくボロボロのワゴンで家族が、旅する物語なんだけど、その中でバラバラの家族がだんだんとまとまっていく・・・


こう書くと、よくありがちな感じですが、そのまとまり方が、どやっ!て感じでないのがいいんです


映画の中で、娘が傷つかないように、笑いものにされないように、父や兄が、ミスコン出場を取りやめさせようとするシーンがあるんですが、そこで母親は、守ることよりもやりたいようにさせましょう!というような事を言うんです


これって、すごいことだなって思いました。

どうしても、子どもが傷つかないように辛い思いしないように、ついつやってしまいがち・・・・


見守ることって、本当に辛いこともあるんだけど、それを通して子どもは大きくなっていくんだよね


そうして、見守った結果、ミスコンでダンスが披露されます・・・・

それが、また、また、また・・・・


もう、見ていて、私、心が踊りだしました。もう、心が踊りまくっちゃいました。


http://movies.foxjapan.com/lms/


リトル・ミス・サンシャイン





毎回毎回、もめてしまう近所の友人


許す☆なんて、思えたりして、嬉しく思えたりしたけど、


私は、根に持つタイプなんだと改めてわかりました


お互いに、過去のいざこざがしこりに残っていて


楽しくても、なんか、心にザワザワと感じてしまう


それなのに、やっぱり楽しいから、一緒に遊んで


それなのに、やっぱり嫌な気持ちになって....




そんなことを繰り返してしまうと、ゴールデンウィークに久しぶりに会えた友人に話していたら


「なんで、そんな人と付き合うの?」と友人


「うーん、嫌なこといっぱいあるけど、魅力を感じるんかなぁ。嫌なところ一杯あるのに、やっぱり楽しいし好きなんだろうなぁ」と返答すると



「暴力亭主のことを、普段はいい人なんです!とか、DVにあってる奥さんは、言うこと多いよねぇ。」と、友人


「・・・・・」


そして、


「共依存なんじゃないの?」


と、言われて、納得した


相手に認められたいと思う気持ちがある


そのために、無駄なことをたくさんしてるなと思ったあせる



そう思っていたら、昨晩、渡したいものがあるからと、近所の友人が、夜の11時過ぎに家にやってきた


そうして、会社などの話をし始めて、なんとなく話を聞いていたら1時を過ぎて・・・


遅いのにと、ちょっとイライラしてきたけど、聞いていたら、そのうちに


過去にあった私への恨みつらみを言いだしてきた


夜中にやって来て、長い間、話を聞いていたら、ようは私に文句があっていいたかっただけみたいだった


寝ていた子どもが、泣いて起きてきたので、話を切って別れた


なんて、無駄な時間だったんだろうと思うと、


相手にも自分にも腹が立った・・・


時間を奪われたと思った


そして、いいようにされているバカな私を、改めて、思い知った・・・


本当に、バカだな私・・・・


なんで、今まで付き合ってきたんだろ・・・


自分も相手も、傷つけあうだけだ


この関係は、共依存だ


もう、付き合うのはやめよう


って、気付くの遅すぎ!











一緒にいるととても楽しい友人なのに、過去にあった嫌なことを思い出す出来事が起こったりすると、即座にそのときに感じた怒りや、相手からのしっかりとした謝罪がないことに、または、相手が悪いと認めないことに憤慨する思いにがんじがらめになってしまう


その友人は、周りからみても、あきらかなルール違反をするのだ

周りの友人はその人から去っていくのに、なんでまだ付き合うの?と、聞かれることすらある・・・

いつも傷つけられては、悔しいけど、何故だか分からないけど、好きだから仕方ない(異性ではありません)


スタート!仲良くし→とても楽しい→嫌なことが起こる→相手を責める→相手はむくれる→過去の出来事を思い返す→相手を責める→相手が怒る→怒り倍増→お互いにキライになる→お互いに忘れる→スタートに戻る・・・


こんなことをよく繰り返す友人がいる・・・


いいかげん、この馬鹿げたサイクルから抜け出して、楽しく付き合いたいのに、そう思っていても、心の奥底は許せない強い想いがあるから、何回も繰り返してしまう・・・


そういえば、こんな風に、付き合っていた彼氏がいたな、けんかばかりなのに10年以上も付き合っていた


けんか→仲直り→けんか→∞  と、10年!長っ!


けんかするほど仲がいいというのは、いえている


仲が悪かったら、すぐに別れてけんかさえする機会すらないんだもんね


そんなことは、さておき



けんかするたびに、

その後に、


許せない、責めてしまう、責めたい自分に辟易してしまうのだが、それでも、繰り返してしまう自分をもてあましていた


そして今回


まったく別のところで、


自分があきらかに、加害者となってしまった


ただ、謝るしかない・・・


ひたすら謝るしかない・・・


許されないとき

責められるとき


本当に、当然のことながら、申し訳なく、辛い


加害者である自分を消し去りたい・・・


そんな風に苦しい想いをしてようやく


いつまでも、しつこく怒りをもって、くすぶり続けるその怒りを相手になんどもぶつけては、相手を責めていた自分をようやく見ることが出来た


彼女だけではない


たくさんの人たちに

出来事に

自分自身に


怒りをもち続け

傷つけてきた


もう、おしまいです


過去の怒りは、もう、過去のものとして手放します


もちろん、これからも怒ることはたくさん怒ると思うけれど


もう、いつまでも、後生大事に怒りを持ち続けない


責められて、自分を責めて

許されずに、自分を許さず


という、経験をしたなかで、


ようやく


許されてることの

責められないことの


安堵感と感謝を感じることができました


もう、不要な過去は手放します


愛のために