よくスピリチュアルとか自己啓発系のセミナーなんかでは、『もっと生まれた時のように自由に』とか『生まれて来た時はみんな幸せです』なんて話をされます。


そして、ある人に「生まれた時はみんなが喜んでくれて、みんなが愛してくれる!それが普通じゃない??」と言われた事があります。


普通・・・果たしてそうだろうか。


生まれてすぐに命を落としてしまう子、病気になってしまう子、捨てられてしまう子。。。

色んな子がいます。


世の中の普通は当たり前ではなく、本当に感謝すべき、凄くありがたい事なのです!



実は私は、生まれる前から母が『堕ろせ!』と言われ続け、望まれずに爆誕しました。


今では、そんな環境の中、諦めずに産んでくれた母に感謝と私は強運!そんな氣持ちでいっぱいです。


そして私も、赤ちゃんの時はそんな事も知らないので、フツウに泣いて笑ってしていたでしょう。


大きくなるにつれて、父方の祖母から「あなたは産まれるはずじゃなかった。」「男の子なら跡継ぎで喜べたのに。」「お漏らししたらお母さんに殺されるわよ!」


何度となくそんな言葉を投げかけられ、幼稚園の時、夜中にお漏らしをしてしまい、殺される恐怖に大騒ぎした事を今でもうっすら覚えています。


そして、小学校に上がり、学校の宿題で産まれた時の写真が必要になったそのときでした。


まぁ、私の写真が少ない少ない、、、

姉の写真は山ほどあるのに。。


その時、母に尋ねたら、

『2人目だったからね。どうしても少ないのよ。』

その言葉に少し寂しい氣持ちになりながらも納得しました。


が、実際は全く違ったのです!!!



私の父と12歳年下の母は、私が物心ついた頃から喧嘩の絶えない夫婦でした。

そして、母は同居している祖母から嫌味を言われ、怒鳴られ、叔父叔母から嫌がらせをうけて、氣が付くと泣いていました。。。


父は歯医者🦷の開業医で長男。そのため、祖父母とは同居していました。

母は、両親が早くに亡くなり、孤児院で育った複雑な環境。そんな母も私が20歳の時にガンで亡くなりました。

そして、母は、実は父の再婚相手だったのです。


それを知ったのはなんと、父が亡くなる前日でした。


長年続いた介護の末、そろそろ父が危ないと、縁遠かった父の兄妹6人が病院に勢ぞろいしたその日に、それは急に舞い降りてきたのです。


「るいさん、お父様、お痩せになったので、指輪が外れてしまって、、、お渡ししますね」と看護師さんからティッシュに包まれたそれを渡されました。


『ありがとうございます』とティッシュを開くとそこには見たことのない指輪。

不思議なもので、私の性格でしょうか。思わず指輪の内側の刻印を確認したのです。


「え?これ、父のですか?知らないイニシャルと日付が入ってます。。」と言ってところ、一瞬にして、病室の空気が凍てつきました。


叔母「え!!瑠衣ちゃん、、、知らないの??」

私「ん??何をですか?」

叔母「!!!瑠衣ちゃんのお母さんは、再婚よ。」

私「え?!あ、そうなんですか?父の再婚相手が母と言うことですか?じゃあ、前の奥さんは?子供はいなかったんですね。」

叔母「前の奥さんは、お母さんの知り合いでもある方。子供はいる。瑠衣ちゃんのお兄さんになるかしら?」

私「え!じゃあ、連絡しなければ!」

叔母「揉めるからやめなさい!誰も連絡先も知らないんだし。」


そう、この当時、私は介護しながら大きな弁護士事務所で秘書兼営業を時短でやらせて頂いていたため、仕事柄、異母兄弟と聞いたときに、相続で連絡しなきゃ!と自分でもビックリするぐらい、冷静だったのです。


そして、この出来事をきっかけに、なぜ、私が『堕ろせ』と言われる存在になったのか、明らかになっていくのです。。。。。