モルモンは基本的に人間を管理するんですよね。
個人の「こうなりたい」という希望は遠まわしに無視させて、代わりに教会がなってほしいイエスマンを大量生産する。
すると、見た目と人当たりはいいけれども、人間としてどこか壊れてしまった人たちが、大量生産されるわけです。


壊れた、という表現は、真摯にモルモンを続けておられる方々に失礼かもしれない。

でも私はそう思いますし、私も反対にモルモンをやめたときに、活発会員から「あの兄弟は世に染まりすぎて壊れてしまった」といわれたことがあるからです。

 

境界性人格障害、というのをご存知でしょうか。

普段はおとなしいけれども、何かのきっかけで見境がつかなくなったり、怒ったときに、自分でも手をつけられないほど激昂してしまう、など。

詳しく知りたい方は、ネットで検索するとすぐに出てきますが。

私の出会ったモルモンの指導者には、この境界性人格障害ではないのかと思うくらいの人が沢山いました。

 

ある関西の指導者は、教会では非常に優しいのです。指導者としても一人前の人です。

ところが家に帰ったり、仕事場では、鬼になるのです。その鬼のなりっぷりがすさまじいことこの上ない。

言う事を聞かなかった子供を家の柱に紐で縛りつけたり、六時間も正座させながらネチネチと説教したり。

 

その人は会社の社長さんなのですが、教会ではおとなしい教会員の皮をかぶり、家と会社では、社長風を吹かしながら、やりたい三昧というか、ひどいもんです。

教会で言う事を聞かなかったときには、家に帰って方子供の尻を赤くなるまで竹刀で叩いたこともありました。

 

捉え方では、熱心な、戦後生まれの親に見えるかもしれない。

 

でもその怒り方に、鬼気迫るものがあるのです。

 

別にその個人攻撃をするつもりもないし、告発するつもりもないですが、自分たちが従った指導者の子供たちからそんな話を聞いたり、あるいはだんだんとどんな人間かというのがわかってくるにつれ、どうして神様はこのような人を指導者にしたのだろうかという疑問が湧いてきます。

 

教会の中の誰かに相談しても「神様のすることは奥深いからねえ」とか「指導者だって完全ではないし」という答えしか帰ってきません。

 

いやいやいや、と。ちょっと待てよ、と。

 

神様は人間を見ているんだろう、と。

「でも将来的なことを考えて、神はその人を指導者にしたんじゃない」と教会員。

そのせいで、子供たちはみな不活発だし、ぼくもそれで不活発になったらどうする?

「それは、兄弟、あなた次第でしょう?」

 

と、いうことで、私は今不活発です。

人間のせい? ぼくがわるい? あたしがわるい? おれさまのせい??

 

指導者が人間なのもわかります。不完全なのもわかります。ですが、教会というものが、生きている神様を信奉しているというのなら、ましてや啓示というものが与えられて、指導者が人を導くために最善の方法を選べるのだとしたら、どうしてこんな指導者や、姦淫を犯す宣教師を、堂々と「イエス・キリストの代理人だ」と名乗らせているのでしょうか?

普通の会社だったら即刻クビ、もしくは左遷、あるいは訴えられてしかるべきです。

 

でもモルモンはそうじゃないのです。

 

以前、活発会員だったときに反モルモンの掲示板などを見て「あの指導者は人格が破綻している」という書き込みを何度も読みました。

 

「人格が破綻している」などとは言いすぎだ。こいつ、訴えられるぞ、と当時は思ったものでした。

でも今は、本当に人格が破綻している指導者は沢山いるし、実際にこの目でも見てきたので、当時の彼らが言っていたことがオーバーな表現ではないのが、よくわかります。

 

冷静に、心の目で、周囲にいる指導者を観察してごらんなさい。あるいは宣教師を。

メルケゼデクとアロンの違いなんて関係ありません。執事も大祭司も関係ありません。

みんな、人間です。

指導者でない人間を、単に人が少ないから、あるいは成長の機会だから、もしくは神のご意思だからと強引に召して、その結果本人、もしくは周囲の心を傷つけて、終わっていく。

 

こんなことを何度も体験しました。

みなさんも、周囲を見てください。

 

そしてもし、そんな指導者や宣教師がごまんといるのを発見したら。

 

どうするか。

 

個人攻撃はしないで、静かに教会を去りましょう。

それが最善の策です。

 

「復讐は私のすることである」とは、イエス・キリストがおっしゃった言葉ですよ。

 

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