Side:N
勢いでした、くそ生意気な後輩との約束。
これが運命なんだと諦めたふりをしながら、本音ではまだ迷ってた。
だけど、大野さんがアイツを名前で呼ぶのを聞いて、知らず知らずの内に自分の奥底に溜まっていた澱が一気に噴出した。
もう無理だ、終わりだって思ってたけど、本当に自分で終わらせてしまった。
「大丈夫ですか?」
N「あ、ああ…」
さっきの楽屋でのやりとりを見ていたマネが、チラチラとこっちを窺っていたが、とても相手にする気にはなれなくて寝たふりをする。
指示を出してないから、行先は決まっている。
大野さんの気配の残る自宅に、戻りたくねえな……。
見慣れた風景を見ながら、自宅に戻ることを憂鬱に思っていた。
明日の入りの時間をマネから念押しされて戻った自分の家。
緊張している自分にあきれながらリビングまでの廊下を進む。
今朝出て行った時と変わらないオレの家。
それなのに、目に映るすべての場所に、大野さんの残像が甦る。
転寝をしていたソファ。
「落ち着く」って言ってたソファとローテーブルの間。
仕事に行きたくないって、寝ころんで駄々をこねた床。
「月がキレイだよ」って呼び寄せられたベランダ。
だけど、もうあの人がここで思い出を増やすことはない。
――パタ
パタパタパタ
オレ、ドライだし、ひねくれてるから大丈夫だって思ってたんだけどな……。
キッツイ。
すげぇ、キツイよ。
流れる涙と同じように、吸い込まれるようにして床に座り込んだ。
決めた。
ひとまず今日は、どっかホテルにでも泊まろう。
痛い出費だけど、背に腹は代えられない。
感傷になんか浸りたくない。
そんなのは、オレじゃないから。
だって、だってオレはまだ嵐でいたい。
だから、大野さんと別れたって、今までと変わっちゃいけない。
意地だけで立ち上がり、たった今戻ってきた自宅をあとにした――。