Side:N
仕事の疲れとは明らかに違う精神的な疲れを引きずって帰った自宅。
玄関に見慣れた靴があった。
昼間に言われたことなど忘れて、リビングに飛び込んだ。
O「おう、おかえり」
そこには予想通り、くつろぎまくってビール片手にデッサンをしている大野さん。
緩みそうになる頬をぐっとこらえて「ただいま」を言いつつ大野さんの全身をチェック。
生乾きの髪。
香ってくるボディーソープ。
年季の入ったオレの部屋着。
よし、これはお泊まり決定。
そそくさとバスルームへ向かった。
それなのに、、、
O「明日も早いんだろ?」
N「……そこまで早くは」
O「無理すんな。とっとと寝ちまいな」
風呂上り、ビール片手に大野さんの横に座る直前に言い渡された。
しかも、スケッチブックから視線すら外さずに。
N「じゃあ、一緒に寝ようよ」
O「ヤダ」
せめてもと足掻いてみたけど、一刀両断。
それでも諦めきれずに、「一緒に寝ようか」って言ってくれないかと、いつも以上に時間をかけてビールを飲んだが、大野さんの口からその言葉が発せられることはなかった。
一人きりのベッドの上。
眠りは訪れず、増すのは不安ばかり。
家にあの人がいるのに、オレ、何で一人で寝てんだろ。
半年。
もう半年も触れられてないんだよ。
大野さんちゃんとわかってる?
セ ッ ク スがしたいんじゃない。
何にもしなくていいから、ただ一緒に眠りたい。
そう思うのは、オレだけなのかな。
ふいに目頭が熱くなり、瞬きを繰り返してこらえる。
ダメだ。
このままではいけない。
話をするために、リビングに戻った――。
しかし、さっきまでいたはずの大野さんの姿はもう無かった。
着ていたオレの部屋着は、洗濯籠のなかに放り込まれていた。まるで、捨てられたみたいに……。
ああ、そうか。
これ、あなたからの合図なんだ。
「飽きた」っていう合図。
ふふっ、オレ、何やってたんだろう。
誰よりも人の気配に敏感なハズなのに、こんなわかりやすい気配に気づかないなんて。
いや、違うな。
気づきたくなかったんだ……。
あなたを、手放したくなかったから。
その夜、声を出さずに泣いた。