昨年母を看取り一息ついたところで、『恍惚の人』(昭和49年刊)を読み返してみました。
一つの物語が、経験を経てから読みますと、実話のよう。リアルな感情が湧いてきて、すり合わせをしました。後半に登場する若い女性エミさんは、今回も作品を軽やかに閉めていいなあ!と好感。ここでも作者の筆の上手さを再確認しました。
主人公は、昭和の「昭」の字をとって名前をつけたという昭子さん(解説のしおりより)、45.6歳。フルタイムで働く当時からしたら新しい生き方をしている素敵な女性・理想形で、同じ敷地内に住む義父の痴ほうにある日突然向かい合うことになります。
痴ほうに対する情報に欠けていた当時、義父の奇妙な行動は家族や近隣をも巻き込んで、介護の担い手の昭子さんの心はズタズタのはずです。しかし彼女は感情をうまくコントロールしながら、戦地から生還した夫や高校生の息子へも緩やかな直球を投げて変化を誘います。彼女は社会性があって、真面目、今どきの言葉でいえば波動が高く、その存在が物語の最大の魅力です。
一方、隣人たちや親せきの女性たちは、生活の実務に長けていてたくましくおしゃべり。昭子さんに対して妙にリアルです。既視感あり。