私、歌舞伎ファンであるのですが、
その興味の幅が広く、
ここ、2年歌舞伎で追っかけができなくなって、
アニメにどっぷりはまりまして、
最近見て良かったアニメ
「かくしごと」です。
すごく内容も面白いですが、
最初からちらちらと結末が見え切ない。
なんでもない、主人公が娘の為に
誕生日会をする、暖かいシーンだったのですが、
いまでこそ、言えますが、
子供の頃(小学生の頃)、私は友達がいなくて、
お誕生日に呼ばれたことがないし、
逆に呼んだ経験もありません。
しかし、周りでは行われている様子で、
呼ばれなかったな~とか、
少女漫画ではお友達呼んでおめでとう
ってシーンはあるじゃないですか。
それがうらやましかったのを思い出しました。
そして、それに紐づいて、
子供が生まれて、ママ友グループでも、
上手くなじめず、
親同士が仲良しではないと、
子供もお呼ばれされないのかと、
切なく、何か子供に申し訳なく、
だからといって、
どうしていいのかわからず、
娘に私と同じ思いをさせたくないから、
どうにかしようとすればするほど、
空回りで、メンタルやられて、
6年前、色々学びだしたのです。
その学びの途中、娘が4年生の時、
まさに私の子供の頃と同じ時期に、
娘はすごいいじめにあいまして、
私と娘は違うとわかっていても、
心は大きくさざ波たちまくりで、
平静を装って、
「ママは○○ちゃんが大事だから、
嫌なら無理して学校は行かなくていいよ。」
と、娘にどうしたいか聞いたら、
娘から返ってきた言葉は私と真反対で、
驚きでした。
「私は、行かなくなったら、ずっと行けなくなる
負けた気がするから行く」
と、私は勝手に娘を自分に重ねて、
こんな母親だからと自分を責めてましたが、
娘は私とは全く違い、
みんなに無視されても、教室で一人でも、
学校に行き続けました。
その間、もちろん、娘もつらかったですが、
私だと行かなくていいって言われれば、
即いかないのに、
どうしてそこまでしていくのだろうと、
引っ越して環境を変えてあげたいと、
物件を探してみたり、
私のほうがどうかなりそうでした。
しかし、子供って残酷な一面もあれば、
大人みたいに根に持たず、
残酷であり続けることができない一面もあり、
そんな娘を無視し続けることができない子が、
1人勇気をもって話しかけてくれて、
また1人話しかけてくれて、
その嵐は過ぎ去った気がします。
そこを戦い抜いた娘にただただ、感動と尊敬。
潜在意識を学んだ視点から考えると、
私は、とにかく、
自分を責める事が好きなんでしょうね。
そこが何かしらの認めなくなくとも、
自分のコンフォートゾーンで
常に何かしら自己批判をし続けるようなことを
起こしづつけることが好きなのです。
そして、
分子栄養学を学んで脳科学的観点からは
人は暇すらあれば、悩みの種を作って、
悩んでおきたい生き物なのです。
このループであることがわかると
また、この思考発生と思え楽ではありますが、
その、
お誕生日シーンで私もできなかったけど、
娘にもしてあげれなかったな。
娘が親となった時、してあげれるのかな。
とその申し訳なさで泣いちゃったのですが、
あの、戦い抜いた娘は大丈夫です。
私とは違うから。
そして、まあ、時にこうやって
過去の記憶にひっぱられることに、
以前はそこに、嫌になったり、
ダメと否定したり忙しかったのですが、
今は、そうだったな~と受け止めて、
明るい未来を思い描いて、
ただ、ただ、未来のために、
今興味のある、分子栄養学を学んでいる次第です。
