昨日、Oさんセッションの備忘録を書きまして
これ↓
https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12451912608.html
そしたら記事を読んでくださったお友達何人かからメールをいただきました。
(私のブログはお友達しか読んでいません^m^)
みんな、優しいなぁ・・・・(涙)
その中で、Oさんのセッション仲間(笑)のA子ちゃんが
こんなことを言ってくださいました。
「このタイミングでセッションを受けられる片腕子さんって
どんだけ守られてるの~?って思いました」
**
Oさんのセッションって大大人気で、なのに枠が少ないから
なっかなか受けられないんです。
そのセッションを数年前に休止されて、
そして昨年11月に再開されたわけですが、
再開後はエントリー方式になりました。
申し込んで、Oさんが今のタイミングだな、と感じられた人だけが
セッションを受けられるのです。
1ヶ月に数枠くらいしかないし、
再開後はより人気度が高くなっていました。
私はそんなに悩み事がなかったのですが、
ただなんとなく以前にOさんに言われた「50になったら人生がガラっと変わる」という
言葉がずーっと心に残っていて
もうすぐ50だし、何よりOさんにお会いしたいし、ということで
軽い気持ちで申し込んだら、一発で受けられることになって(笑)
でも、結果的に受けるタイミングだったことがよくわかったし
Oさんも「来てくれてよかった~~~」っておっしゃってくださったくらい
私はマズい状況だったのでした(^_^;)
それを本当に「すごいタイミング!」とは思っていたけれど、
「守られているから」という思いには到らずでしたが
(もちろん別の部分では常に守られているという感覚はあります)
ああ、本当に今回のことってそうなんだなぁ、ってしみじみ感じました。
(A子ちゃんっていつもおっしゃることが鋭い!)
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昨日は天国みたいに幸せな気持ちと
地獄の底に突き落とされたような絶望を感じた1日でした。
天国と地獄が逆ならよかったんだけれど(先に地獄で後天国ということね)
何しろ1日の終わり近くにドスンと落とされまして。
いや、まあ自分で勝手に落ちたんですが、はい(ーー;)
同じタイミングで
大事なお友達も落ち込んでいて、
その子のメールがまたとっても哀しかったので
彼女の気持ちを思ったりしたもんだから
自分の苦しみと相まって
もう何がなんだかわからないくらい
ビックリするくらい涙が出てきて
布団に顔押し付けて子供みたいに泣いて泣いて泣いて泣いて
寝て、1時間ごとに目がさめては泣いて
朝、起きたら目が腫れぼったくなっていまして
それでも全然、気持ちが晴れなくて
電車に乗っても、道を歩いていても、会社で仕事していても
哀しくて切なくて苦しくて
どんどん涙が出てくるし
(「鬼の片腕の様子がおかしい、とさすがに上司に心配されたくらい・・・・)
心ここにあらずで
午前中だけで仕事もミス連発(マジ)
詩を3本くらい書いたんですけれど
どれもしみったれたやつばっかりで腹が立つし
あーもう、こんなウジウジした自分、死ぬほど嫌だっ!!!!って思いました。
それでも、
ヤケにならない、というか、
「どうせ私なんて」「やっぱり私はダメなんだ」みたいな
いつもの気持ちに全然ならないのは本当に救いで、
それはOさんのおかげだったり
自分がOさんの言いつけを頑張ってるおかげだったり(笑)
大切な人のおかげだったり
そしてA子ちゃんがおっしゃってくださったように「守られている」からなんだな、と
しみじみと思ったわけです。
あー、あたし、本当にどれだけ守られているんでしょうね。
と思ったらやっぱり力がわいてくるんですよね。
私を良い方向へ導いてくれる存在がいる。
「やばい、この子、本当にやばいわ」って言いながら
Oさんに会わせてくださったり、大切な人と出会わせてくださったりする存在。
それを実感させられています。
守られているのだったら
さんざん哀しんで苦しんで泣いたあとは
やっぱり前へ進まなければいけません。
守られているのだったら
もしこの先、大切な人を失ったとしても私は生きていけるのでしょう。
別れは新たな出会いの一歩だと思えるし(すぐには無理だろうけれど)
きっと更なる光が待っている、と信じることができます。
ボロボロになっても大丈夫。
天国と地獄がセットになっていても
最後は天国で終えることができるのでしょう。
多分(←おい)
だから、今日の私は目が恐ろしいくらい腫れぼったいけれど
パクパクとランチを食べられるし(でも制限してまっす!)
桜を見てキレイだなぁと思えるし
公園でグーグーいびきかいて寝て「やべっ!時間!(じゅるっ)」ってなれる(マジ話)
本当にありがたいことです。
**
ブログを読んでくれた方が連絡をくださって
姉の視点でお話をしてくださいました。
私は
姉は自分で命を絶って、もし後悔をしているとしたら
母親を哀しませたということだろうと思っていたし、
母を元気づけられるのは私ではなく姉だと思っていたから
いつも姉に
「お姉ちゃん、お母さんを守ってあげてください」と願っていました。
その方は私に
「お姉ちゃんは片腕子が自分を赦し解放することを喜んでいるのではないか」
とおっしゃいました。
そんな視点で考えたことはありませんでした。
姉はお母さん担当だから・・・・。
でもその時、急に思い出したのです。
姉が失踪したときに
私はこっそり姉の日記を盗み読みしたことを。
そこには
愛する人へ語りかける形で日々の出来事が書かれていました。
「先生、今日は片腕子が熱を出して苦しんでいます。変わってあげたいです」
「先生、今日は片腕子と一緒に漫画を読んで笑いました」
「先生、今日は片腕子とケンカしちゃった。年上なのに大人げなかったです」
姉は私のことをとても愛してくれていたことを思い出しました。
お姉ちゃん、ごめんなさい。
私、今度こそ、私らしく生きていくからね。
生まれ変わったら今度は一緒に命を真っ当しよう。
そう空に語りかけました。
そして、それを思い出させてくれた方と出会えたことに
心からの感謝しかないのでした。
天国の時間でした。
この後、地獄の時間がやってきましたが(笑)
いずれにしても
私は守られているのです。