”生と性”そして、はばたけ欲望 ~娼年を観たハナシ | 片腕の夢は日常

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三浦大輔監督「娼年」

 

を観てまいりました。

 

舞台バージョンのちょっとした感想↓

(例のごとく

詳しい備忘録書く書く詐欺っていますが)


 

 

しかし映画化とは・・・・本当に驚きました。

三浦さんだから

そりゃもうセックス場面は本気で描かれるわけですが

舞台はね、

や、もちろん舞台でこれやるの!?(驚)はあったけれど

一番前の席だとしても

細かいあれやこれは見ることはできないと思うんです。

(オペラ使えば見えるかもしれないけれど

まさかこういう内容の舞台を一桁台の座席からオペラ使って観るなんて

しないしさ・・・・・)

 

それが映画となると大画面ですよ。

どうすんですか。

AVじゃないんだから。

かといってそこらにありがちな

やたら接吻ばっかりして

上半身ばっかりうねうねして

布団がしっかりかかっちゃって

みたいな甘っちょろいことは、この作品ではできないし、

三浦監督は絶対にそんなことはしないし。

 

かといって「愛の渦」みたいな性描写もできないでしょう。

だって

松坂桃李くんですから(わからんけど)。

 

ロードショー公開ということで

色々制限もあるなかでアレをやるって

どうするんだろう・・・・・と。

 

そして御堂静香の役が

高岡早紀さんから真飛聖さん!に変わっているのも

ちょっと気になるところでした。

私は薄いながらもヅカオタなもんで

真飛さんといえば美しく明るい色気の元花組トップスターという

イメージしかない・・・・・。

 

そんなちょっとした心配もあって

映画化、大丈夫か?って思いながら鑑賞に臨みました。

 

**

 

性描写に関しては

いやぁ、さすがだなぁ、と言うしかなかったです。

ギリギリ見えないようなアングル、でも不自然じゃない、

その微妙なところをうまく演出されていてお見事です。

 

AVじゃない、単館じゃない、アングラ?じゃないどころか

大々的に公開されている作品内性描写で

手○ンがあるって、どうですか(笑)

射精までしっかり描くってどうですか(笑)

その辺りの腰の動き方、地味にリアルだし(笑)

そこまでリアルに描く必要、ある?という声も

あるかもしれませんが、

あれは三浦監督の性行為と欲望への「真摯な姿」だと

私は思うんですよ(違うかもしれないけど笑)(いい方に考えすぎかな?)

 

適当にごまかさない。

適当に描くことは

人間を不誠実に描くことになるよなぁ、と常々思います。

 

でも、舞台のときもそうだったんですけれど、

いやらしい気持ちになるって最初の方だけで

後は全然そんな気持ちはなくなるんです。

なんだか、

起きるご飯食べるトイレ行く寝るセックスする

みたいな。

当たり前の人間というか、動物の「営み」みたいな

そんな風に思えてくる。

ちょっと笑っちゃうところもあったりしてね(後述します笑)

 

舞台を観たときに、だから

生と性なんだなぁ、って思ったんですよね。

 

舞台よりも映画のほうが

触れ合うことの大事さを感じもしました。

やっぱりセックスってコミュニケーションなんでしょうね。

なんでしょうね、って知らなかったーみたいな言い方してますが

や、わかってるけれど実感薄かったかも、って

そういうことをより意識させらますね、映画は。

 

**

 

性というのは思いっきり隠されているし、

恥ずかしいことでありみっともないことでありキモチワルイことであり、

という見方をすることも多くて、

でも、本当は生は性だとしたら

もっとちゃんと語られ表現されるべきことなんだろうなぁと思います。

 

時間の関係もありましょうが

舞台で描かれた女性たちの数が映画では少し削られています。

でもさまざまな問題や性癖を持った人たちが描かれていて。

そりゃもう切実なんですよね。

性欲って一言で言えばそれまでだけれど、

捨ててしまえるほど軽い問題でもないと思うんですよね・・・。

 

少なくとも

そういう欲が「ある」という部分を認めて受け入れて、

じゃあその欲をどこまで追求していけばいいのだろう、とかさ、

難しいのは性に関することは対相手がいる話だから難しくて

それも含めてもっともっと語られていいことなんじゃないかなぁ、と

この作品を観ながら思いました。

 

だって、うん、切実じゃないすか。

特にね、舞台でも映画でもありましたけれど

セックスレスとかね。

セックスを「いやらしい」「隠すもの」として捉えていたら

「そんなことで」って片付けちゃうかもしれないし

「我慢すればいいだけ」とか「心がつながっていれば」とか

なんとでも言えちゃうけれど

いやいや、でも性の問題ってそんな簡単に済むものじゃないよね?

というのは

実は誰もがみんなわかってるんだと思います・・・(そんなことないか?)

 

セックスレスだけじゃないけれど

特にセックスレスの問題は

女性側は特に難しいなぁって思います。

男性はね、まあ風俗へ行くという選択もあるけれど

(もちろんそんな単純な問題じゃないことも多くあるだろうけれど)

女性に関しては風俗という選択はないじゃないですか。

まあ実際はあるんでしょうけれど

女性の場合、風俗を使うのはリスクが高すぎる。

 

女性は性に対してより我慢を強いられることが多くて

それは妊娠する可能性があるとか性犯罪の被害者になる可能性も高いということも

あるけれど

貞操観念のような、

女性が性に関して欲を持つことを良しとしない空気といいますか、

なかなかそれを表に出すことができないわけでして。

 

でもこの作品の女性たちはリョウくんのおかげで

それを自由に表現できました。

 

**

 

松坂くん扮するリョウくんは

その女性の抑圧された欲望を受け止めてくれる天使ですよね(笑)

完全なるファンタジー。

こんな風に仕事でありながら

目の前の女性とちゃんと向き合いながらセックスしてくれるなんて

そんなひと、いないですよねぇ・・・。

いたとしても出会えるわけがない。

 

お話の中には

当然リョウくんの物語もちゃんとあったりするけれど

私には彼の存在がやっぱりファンタジーだから、

リョウくんというよりもその相手の女性の物語を

感じながら観ました。

人間の欲というものを考えてしまって

ここに描かれた女性はみんな自分だなぁ、って思いましたね

(って舞台を観たときも思いました)

もちろん私は放尿に恍惚を感じたりしないけれど(笑)

でも、うん、自分の欲望に関しては

いつだって迷子になっている気がするから・・・・。

 

**

 

そういう意味で舞台同様、この作品は

欲望の物語ではあるけれどいやらしいエロな見方は

できないなぁ、と感じます。

 

そしてもうひとつ、いやらしさを感じられなかったのは

笑える場面もけっこうあったから、というね。

舞台もそうだったんだけれど、

映画の方によりそれを感じました。

 

放尿シーンとか、

変態な夫婦の、あの、夫の自慰とかw(ぜひ観ていただきたいわ)(西岡さんグッジョブ)

恍惚に悶える顔のアップとか、

 

で、それらを笑うっていうのはね、

繰り返しになるけれど、結局は自分のことを笑っていることに

なるんですよねぇ・・・・。

 

他人の性行為をみんなそろって映画館で観ているという

我々のその姿もまた滑稽だしね。

 

面白悲しくなりますね・・・。

愚かなり、私たち人間よ。

 

でも、そういうもんなんだろうなぁと。

偉そうにしてたってキレイなこと言ってたって

結局みんなコレなんですよ。

 

っていうのは三浦作品のどれにも当てはまることでも

あるし、

だから私は三浦作品を追い続けてしまうのです。

 

長くなっちゃって

うまくまとまらないまま終わろうとしてますが。

 

愚かな人間の欲を真っ向から受け止めて

まあいいじゃないのよ、そういうの、みんなあるよって

思わせてくれた「娼年」は

とても優しい物語だったと私は思いました。

 

追。

でも、私はやはり舞台版の方が好き。

リョウくんの感情の変化が舞台の方が丁寧に描かれていましたよ。

時間の問題なんだろうけれど。

 

追2。

江波杏子さん扮する美老女の、アレ、本当にそうなのか?

そうだとしたら、便利でしいなぁ。

私もなれるのかなぁ・・・・ ←

 

追3。

しかし、とにもかくにも舞台・映画ともに

コレを演じた

松坂桃李くん、あっぱれすぎ。

本当にすごい、素晴らしい。