大杉漣さんが亡くなられた。
家人Hと一緒にいるときに彼女のスマホに速報が入って
教えてくれた。
役者などにあまり執着しない彼女がものすごくショックを受けていたのを見て
ああ、大杉さんは多くの人の心に残る役者さんだったのだなぁ、と
思いつつ
私はものすごい喪失感に襲われた。
もちろん今も。
元々の忘れっぽさに加えて
年齢による健忘が激しくて
時系列はほぼ覚えていないので適当になってしまうが
サブカルっ子だった私は
大杉さんを
太田省吾さんの芝居、小劇場、そして
初期北野武作品で知った。
あ、周防監督のピンク映画「変態家族 兄貴の嫁さん」もあったか。
上手いか下手かはわからないけれど、
ひたすら存在感が大きくて
すぐに認識したし、すぐに大好きになった。
何を演じられていても「大杉漣」なのに
ちゃんと芝居の世界と役に溶け込んでいて
存在感はあっても決して悪目立ちするようなことはなく
それはもしかしたら
転形劇場での沈黙劇で培われたものなのかもしれない、と
いつも思っていた。
(そういえば初期北野作品なんか沈黙映画みたいなもんだよね)
アマチュアで芝居やっていて
役者なんて言葉を使うなんておこがましいというか
ちゃんちゃらおかしいけれど
一応、携わっていた身としては
当時、こういう役者さんになれたらいいなって
憧れの役者さんでもあった。
*****
80年代にサブカルっ子だったので、
小劇場や単館系マイナー映画に染まっていたけれど
90年後半以降?あたりからかな?
ごく一部でしか知らなかった役者さんたちが
TVや映画でご活躍されるようになって
その中に大杉さんもいらした。
マイナー好きの自意識過剰人間だったもんで(笑)
彼らのご活躍を勝手に誇らしく思ったりした
アホでした(^_^;)
いやいや、もう、純粋に嬉しかったです。
だって、ほんのちょっとかじった位だけれど
役者として食べていけることって難しいんだって
わかってたから、さ。
バラエティをあまり見ないので
そういった番組に出られている大杉さんを見る事は
あまりなかったけれど
たまたまちょっと目にしただけで
とってもチャーミングで優しさ溢れる方だとわかった。
音楽がお好きだったようで
私は何かのイベントで大杉さんの歌を聴いたことがあって
その時の
いい意味でただの音楽好きなおじさんというような、
ちょっと照れたようなすごく優しい笑顔も印象に残っている。
そういえば、報道されている中で
TOKIOの国分太一さんが
「もっとしんみりしないで、俺のことなんかいいから、
オリンピックでメダル獲ったんだからさ、そっちやってよって言いそうな…。
そういう人なんです」
というコメントをされていたけれど、
それを読んだ時に
まさに大杉さんがそうおっしゃっている姿と声が
リアルに思い浮かばれて涙が出てきてしまった。
こんなにリアルに思い出せるなんて
いかに自分にとって大杉さんが大きい存在だったか、
そして
大杉さんがたくさんの場所で長年ご活躍されていたことを
あらためて感じた。
TVなどでよく見ていた方はもちろんだけれど
こうやって
自分が若い頃から触れていて多少なりとも
影響を受けた方が亡くなられると本当にキツイ。
喪失感がすごすぎる。
きっとTVなどでも追悼番組として
ご出演されたドラマや映画が放映されることだろう。
私もしばらくは大杉さんの足跡を辿ってみよう。
*****
まだ66歳の突然死。
そういうこと、あるんだよなぁ、なんて
当たり前のことを
誰かが亡くなったときにあらためて思う。
最近、病院通いをしていることもあるけれど
自分もいつ突然亡くなるかわからない。
だからあれこれ考えないで
やりたいことをやろう、なんてことも考えるけれど
それよりも思うのは
亡くなった後のことだ。
終活とまではいわないけれど
せめて残すものを少なくしておきたいなぁ、なんて
思い始めている。
単純に家族がするであろう片付けの手間を
なるべく少なくするためと、
あとやっぱり
そう遠くないうちに死ぬんだと思うと、ね・・・。
どうしても必要なものなんて
そんなにないのだよなぁ・・・・。
いつ死んでもいいように、なんて考えながら
生きていくなんてできないけど(忘れっぽいから)
ほんのちょっとだけ留めおいておこう。
それは私だけではなく、
大好きなあの人や大嫌いなあの人、
すれ違うだけのあの人たちもそうだってこと、
忘れないでおこう。
今日と同じ明日が来る保障などどこにもない。
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亡くなる直前まで撮影されて、
俳優仲間たちと食事をして、
その愛する仲間たちに看取られる・・・・
すごいね。
最後までお芝居みたい。
俳優・大杉漣。
最高にかっこいい人。
忘れないです。