昨日のこと、松山に到着して余裕があったので桟橋付近で写真を撮りました。
松山観光港の通路も朝日があたって暖かそうな雰囲気。
船というのは、乗り場ものんびりしていていいです。
乗ってきたフェリーはすぐに折り返して広島に向かいました。



桟橋から見るごご島ですが、広島からだと正三角形のような山なのですが、ここでは
そうでもありません。睦月島の横に山の上の方だけ見えるので、そこが違うのでしょうね。



さて、昼食は松山の三津地区に歴史がある三津浜焼きというのがあるというので
それをいただきました。
広島風というより形は呉焼にそっくりで、先に焼きそばをソースをかけて焼いてお好み焼の上にのせ、
半折にしたもののようです。
昔の呉焼も半折でしたが、今はほとんど見かけることがなくなりました。

懐かしい味かというと、ソースの味が違っていて、ウスターソースに近い辛さです。
広島風の素材の味を生かしてソース控えめではなく、
ソースを食べましょうみたいな感じでたっぷりソースにつけてきたようなお好み焼です。


お好み焼が現代版になる前は、関東のもんじゃ焼きからでてきた大正時代の一銭洋食(ねぎ焼き)が
関東から関西へ、さらに西へと庶民に広がっていった食べ物がありました。

大正時代といえば物資にに不足していた時代の工夫だったのですね。


関西風も広島風も一銭洋食からその土地にあったように改良されたもののようです。
なぜ洋食といったかというと当時の食べ物ではソースを使うということで洋食と呼んだようです。

僕が20代の頃にはまだそのようなメニューがある店もたしかにあったようです。
三津浜焼きのルーツも一銭洋食のようです。


広島のお好み村の原型となる屋台は今から60年前にできていてキャベツを入れることに
はじまり、ソースの開発が進んでオタフクだけではなくカープ、ミツワなど他にも
何社か人気ソースが生まれたことが広島風の後押になったのでしょう。


本州から情報を仕入れる玄関口だったのが三津浜ということで小さな町にたくさんの店を構える三津地区だからなのでしょう、
小さな範囲に20件以上の三津浜焼きのお好み焼店が
50年以上前からあるということで広島と似たような時期から続いている地域のお好み焼です。


松山にアルミの鍋焼きうどんが残っているように、三津浜焼きも昭和の時代がそのまま
残されているような食べ物でした。





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