自分も指導が至らなかったとこが多分にあるし、やっぱり勉強はただで教えるのがいい。皆さんの受験が終わって、自分も一年をこの塾で過ごして、そういった思いがやはり改めて強くなった。自分たちの受験仲間だって協力し合って、ほとんどはタダで早慶上智以上には合格したし。

 

受験が終わって怠けながら授業を受ける生徒に言ってしまった。そんなのなら来ない方がいい。親になんとかして行く意味がないと説得しろと。

怠けてることに対してむかついたのではない。

怠けさせ、身につかない授業しかできてないのに、金だけは取って、詐欺のようなことをしている自分とこの塾に耐えられなくなったからだ。

そういった詐欺を感じさせる嫌な合格のさせ方をした、または不合格のせいで、ここの生徒との関係も一気にぶち壊しになってしまったように思えた。

 

結局

ここは

この詐欺のようなものに気がつかない親を騙して金を取り、講師を評価せずケチって分配しない分を

新校舎を運営するのに使って、生徒数を増やしてたから売り上げを伸ばせてたんだな。

新校舎を建てれば最初のうちは善し悪しがわからないから一定の数の生徒はとりあえず新校舎に入塾するからね。

自分が担当した校舎では、案の定昔に比べて生徒が激減したようだが。

 

まぁ評判が悪くなってきたらちゃっかり閉校して、違うところに別物のふりをして新校舎を建てる

これは有効なビジネスモデルかもしれないが、真似をしたくなる人間はどれほどいるだろうか。

 

 

そして今

自分がここでの講師を辞めた後の生徒との連絡先交換でもここの上の人間と揉めている。

最終的には裁判を起こして、数千万円の賠償金、大学、就職もパアになると脅された。

 

勝手にすればいい。

自分にとっては大学はせいぜい腐敗した医療利権程度だし、ホームレスとさほど変わらない。

世間一般的には違うようだが。就職には夢がなく安くこき使われる奴隷労働であるということはここがしっかりと自分に教育してくれた。

もはや失ってもどうでもいいものばかりだ。こうやってこちらをまた社会の底辺に貶めて数千万円取れるなら取ってみろというだけの話である。

 

そもそもこんな嫌な目にあっていて

今更自分がここの講師を辞めた後の話まで聞けるかって話だが。

 

 

 

 

とここまでかなり恨みつらみが多くなって申し訳ないですが、

自分と連絡先交換予定だった生徒の皆さんや自分が指導した生徒の皆さんで、勉強に困ってるような場合で、友達と教えあったり、かなり頑張ってみても解決できず、自分に質問したいような場合には、遠慮なくコメント等ください。

ここにいた皆さんはムダ金を払いすぎてると思うし、これ以上金がかからないように皆さんのお役に立てることがこの恨みつらみを和らげることの一助にもなりますので。

 

 

 

 

以上のように、この時点まではそこまで悪くないというより、むしろ良かったので

ここの社員になるのもいいかもな~などと気楽に考えていた。周りもそんな感じだった。

 

ところがその考えを覆すことが起きる。

昇給である。

 

自分の評価は5段階中1段階という酷い昇給具合であった。

全く上がらない講師もいるからと言われたが、通知表が頭に思い浮かび、この上なく悲しくなった。

これだけ他の講師より難しめの予習をして、夏期講習はフルに近くシフトを入れられて、やってきたというのに…

その日はべんきょうw家に帰って涙を目にためながら眠りについたことを今でもはっきりと覚えている。

 

ここに期待していた自分が大バカの極みだった。本当は今更、医療利権より、ここの教育に希望を感じたかったんだけどな。

だが、今やもはや日本の民間企業に自分が期待なんて一切できない、医学部再受験をするしか救われないだろう。医療利権に救われるのも嫌な救われ方だ。

だけど

これだけ予習を真面目にやってきたんだから、次の模試も点数は取れるはずだし、それでここの評価のおかしさを証明して、

国立医学部から生活できるほどの給付をもらうぐらいの成績で受験に合格して、ここは辞めてやる。

そう強く思い、そう固く心に決めて、東大模試対策に力を割いた。

 

生徒ととのささやかな触れ合いによる知らずのうちにわいてくる原動力、この塾のおかしさを証明し、辞めてやるという、二つの奇妙に混ざり合った感情に押された原動力によって模試までの勉強は進んだ。

結果、東大理三(医学部)を含め全ての東大の学部で余裕のA判定が出て、上の目標に近づけたことを実感できた。

 

だがそれからも

むかつくことはつもりに積もる

講師研修会では気安く尻を叩かれ

センター試験1か月前~2週間前にだというのに自分の意思はほとんど無視、というよりはなかったことにされ

朝から晩までシフトを遠慮なく入れられる、そういったことが続き、

もうここの塾の上の大人たちに対しては憎悪の念や恨みに近い感情しか抱けなくなっていた。

そして医療利権に頼るしかない自分の惨めな存在と、模試成績とここや社会での待遇のギャップに苦しみ、悲しみ、ふと恨む…最後の方はそんな日々がずっと続いた。

ただ、そんな感情を和らげて少し忘れさせてくれたのが、ここの生徒の存在だった。

 

 

そして皆の受験も終わった

公立高校受験合格者のうち約3割は定員割れのために受かったという状況

なんだ、ここに来て、あほみたいに金を払って勉強なんてする必要は全くなかったじゃないか。

とんだふんだくり、ぼったくり詐欺じゃないのか。

 

 

 

 

 

 

その塾で働き始めた最初の頃は充実していた。

 

真面目に予習は当然のこと、どうやったら生徒が難しい問題でも解けるか長い時間かけて考えてみたりした。

東大レベルの問題でも、普通の高校生が理解できるレベルまで、解説をわかりやすくしようと一題一題でこころがけていた。

休日は本屋に行き、長い時間いろんな勉強法、指導法をあさって見た。

 

そんな中、総合的に見て今最も評判の高い受験勉強法の本である

 

受験の叡智

という本に出逢った

これは東大に上位数%程度の順位で受かるような集団が集まって執筆して出版された本であり

今考えてみても、非常に有効なものであって、難関大を狙う生徒には是非一読してもらいたい書物だが

塾で働いてからの自分の数学の予習の仕方と比べても

半分程度は共通していた。

そこで割と大きな自信を得たことを覚えている。

 

それから、それらの本の内容を自分でも真似できるのではという考えが浮かび

数学の他、英語、理科でもその勉強法にそって予習をしてみることに決め、続けた。

 

その結果、理数では受験生時代はほとんどわからず諦めてしまった問題集でも

金を貰ってることによる責任と相まったこともあり、解けない、解説できないという問題は次々となくなり、最終的には数個程度にまでなっていた。

そしてずっとわからなかった問題が次々と解決してわかってゆく毎日はきつい勉強の日々でありながらも、それを超える充実感や喜びで包まれていた。

この夏ぐらいの時点ではこの塾にはかなり感謝していた。この塾に会えず、ここで働いてなかったら、こんな自分はありえなかったと。

 

 

だが、一方でここの人間の嫌な面も次第にちらついてくるようになる。

本人の意思なんてほとんど尊重せずに上の人間が勝手に次々とシフトを組むのをはじめ、どんどん物事を決められること

特に、自分の担当できる教科外のものもちゃっかりシフトに入れられるところで疑問を感じ始めた。

(しかも夏期講習等で朝来たら朝一に入れられていて、変えてもらう暇もないことに、余計に姑息さを感じることになった。)

それでもってそれを指摘すると謝るものの、また入れられるところ。担当できない教科をシフトに入れ続けるなんて、これは詐欺じゃないのか?次第にそう感じ始めていた。

 

一方で、その頃から生徒たちとどんどん馴染むようになった。

大人には意思を尊重されず阻害される自分の存在が

意外にも中学生を中心に受けていることがわかり、しかも大人のように自分をただ、タダだったり安い金で利用してやろうとする心の卑しさは彼らには全くと言っていいほど感じられなかったのだ。

 

そんな人たちとの割と長めの日々の触れ合いは学生時代ずっと感じられなかったものであり、とても楽しいものであった。

自分の太った体系やどこか抜けたキャラのせいか多少馬鹿にされることもあったが

これもこの辛い大人社会に比べれば大したものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今現在、自分の人生で本格的な労働をして1年がたった。塾講師である。

 

塾講をやるまでの人生では、勉強を教えて人様から金を取るなど、

ろくなもんじゃないと思っていた

 

自分も20歳ぐらいまでは、東大に上位で受かるような受験仲間と協力して勉強を進めてきたが

いろいろ教えられるようなことはあっても

彼らから金を要求されるようなことは当然一切なかった

そして大学だって金を貰えるところ(←とんでもなさすぎるとこだったが)、か、わずかばかりの金で済むようなとこにしかいかなかった。

予備校も自分の成績でタダになるところに行ったし、彼らも自分を歓迎してくれた。

 

そのように周りに支えられていた状態で自分ばっかり

がめつく人様から金を取ろうなんて気にはならない。

 

自分も周りの人で、困っている人がいれば

英語、数学などはタダで教えたし、その報酬?として、着なくなった服や食いきれなくなった余り物を貰えれば、それもそれでなかなかよかった。

 

 

だが、こんな生き方にも問題があった、というよりは大ありだった

こうしたことを続けていると、相手の要求は増し、タダで人を利用してやろうとする相手の心の卑しさが次第に浮き彫りになってくる

そしてこうやって教えても職歴とはならず、数年もたつと社会のレールからはずれたとみなされるため、

レールから外れた人間を阻害する、もしくは安くこき使うのが主流な日本社会では生きていくのは難しくなる。

 

こんな酷い日本社会の現実が改めて身にしみ次第に自分はふさぎ込むようになった。

 

さらには、大学でタダ同然で勉強するとなると、大学側の要求も増し、卒業要件は厳しくなる。

そんな中大学にもろくに行かず、人に勉強を教えるついでに東大等の医学部再受験をしていた自分は、教授の目の敵となり、留年を繰り返させられることとなった。

 

こうして大学も卒業するのが困難になり、まともに就職もできなくなって、しかもふさぎこみがちな自分は

社会の底辺として完全に落ちぶれることとなった。

 

特別な専門知識や技術は持っていないため、教育関係以外のとこは

安くこき使うとこでもなかなか採用されないという状態である。

しかも医学部再受験にしても、人の命に関わるとこでの腐敗した医療利権がちらついて見え、それが尋常ではないほど嫌なものに感じ

それを思うとこの受験勉強ももはや進まなくなっていた。

また。そこそこのレベルの資格試験対策をやろうとしても、以前の受験仲間はおろか、高校時代の進路指導の教師にすら哀れまれ

やる気も出ずなかなか進まなかった。もはや人生は完全に詰んだとも言える状態だった。

 

 

そんな中、学習塾で

当時の自分にとっては一筋の希望を見出せそうな塾を見つけた。

どん詰まりな日本経済で、多くの企業が苦しむ中、その塾は売上を飛躍的に上げてるのである。

あくまでネット上でだが、目立った悪口もなく、当時の自分は割とその塾に希望を見出していた。

 

この塾なら一般的な日本企業とは違い、自分でも携える教育産業であるし、レールから外れた社会の底辺の自分も報われるかもしれない。

そう思ってとりあえずはその塾で真面目に働いてみることに決めた。