一般的にソーシャルアプリの成功には

運用フェーズが非常に重要だと言われている。


これは果たして本当だろうか?

運用を切り出してまで強調するほどのレベルなのか?と

実際に運用してみるまで疑っていたが


自身で半年近くアプリを運用した結果

これは本当です。

(もちろん個人的見解です)



前提として

ソーシャルアプリの成功の定義として

単月で数千万以上売り上げるアプリ

ではなく

少なくとも半年以上に渡って数千万以上売り上げ続けるアプリ

だとします。



また、運用フェーズに入る前、いわゆるリリース直後から1ヶ月間くらいは

ソーシャルアプリの運用どうのこうのではなく、

そもそもアプリがおもしろいかどうかがユーザーから試される時期で

ここをクリアしなければソーシャルアプリのスタートは切れない。


なので、リリース直後の初速が悪いアプリは

運用どうのこうのではなく、根本的な見直しを図る方が良い。



【ソーシャルアプリは運用が肝】というのは

スタートラインに立ったアプリに対して「真」です。



で、ここからが本題で

ソーシャルアプリの場合、通常のウェブサービスと違って

守りの運用ではなく、攻めの運用が重要になってくると思っている。



安定したサービスの提供という点で

守りの運用ももちろん重要で、日々実感しているところだが、

これはソーシャルアプリに限らず、

全ウェブサービスに当てはまる。


僕はこの半年でソーシャルアプリを成功させるには

守りの運用だけでは圧倒的に不十分だと実感した。

現状維持さえできない。


コンシューマーゲーム異なり

明確なエンディングが用意されていないソーシャルゲームは

ユーザーを飽きさせないために

次から次へとユーザーに新しい体験を提供する必要があるからだろう。


ユーザーは正直なので

攻めの運用を適切なタイミングで実施していかなければ

プラットフォームのゲームトップに日々登場する新着ゲームに

心を奪われていくことになる。



そういう意味でも運用のフェーズでは内製化はマストで

(もちろん初期のフェーズから内製化するのが理想)


例えば

「ちょっとここの文言変えたい」

「リンクの位置を変えたい」


という状況があったとして、

10分後には変更が反映されているような

環境を作っておくことが重要。本当に重要。



当社も守りの運用もまだまだ発展途上なのですが

そこのノウハウも蓄積しつつ

攻めの運用も積極的に仕掛けていきたいと思います。



エンジニアがもっともパフォーマンスを発揮できない状況とは?


それは孤独な状況だと思っています。



社長室でサービス開発をしているときにモヤモヤと感じていたことが

ソーシャルアプリをチームで創るようになって改めて感じる。



もちろんコードをゴリゴリ書いている時間は集中できた方が良いが、

どんなエンジニアもハマることはあり、1人だと抜け出すのに時間がかかるし

そもそも自分が出したアウトプットに対しての反応がない、

という状況はエンジニアでなくても辛い。



プロデューサーは、

たとえ自分にコードを書く力が全くなかったとしても

エンジニアを孤独な状況に陥らせないようにすることが重要だと思います。


特に、寝る間も惜しんで開発を進めようとするガンバリ屋のエンジニアには

とりあえず付き添い続ける、くらいの気概が必要かもしれない。



※決して家に帰るなと言っている訳ではありません。

うちのデザイナー陣が先週見に行っていた

ブリューゲル版画の世界

今日、仕事の合間に見に行ってきた。


NHKか何かでやっていた特集で

「大きな魚は小さな魚を食う」

の描写がとても記憶に残っていたが


傲慢、激怒、怠惰、貪欲、大食、嫉妬、邪淫の

七つの罪源を描いたシリーズも見ごたえがあって

個人的には良かった。


ウェブサイトでもそれなりに楽しめます。

http://bruegel.jp/





ところで、会社に戻って展覧会に行ってきた話を

休日出勤しているメンバーに話したら

一人で行ったことにとても驚かれたのだが、

そのことに逆にビックリしたというか、軽く衝撃だった。


どうやら、

一人で行く=さみしい奴

ということらしい。


一人でBBQやりますっていうのは、さみしい感じがするけど、

美術展とかって一人の世界に入り込んで楽しむものだ(と思っている)から

これまで一人でフラッと行くことが結構あった。

(時間さえあれば、映画とかライブも一人で行ったりすることもあった。)


誰かと行ったとしても、

中に入ればほとんど喋らないし(どちらかというと禁止されてるし)

複数人で行くのも一人で行くのも、経験上変わりない。


会場までの道中がさびしいと言われても

Bunkamuraなんて片道5分の往復だから

コンビニとか銀行行くようなもんだし。


何というか、携帯を手放せない現代の若者の一端を

社内で見たような気がして、ブリューゲルの作品以上に衝撃だった。


東京は毎週のように美術展とか、博覧会的なものがあるので

また一人でフラッと行くことがありそうだが

さみしい奴と言われたくないので笑、今度はこっそり行くことにしよう。